雨に沈む町 11.岩崎さん
一週間後、揮宇は岩崎と飲むこととなった。
岩崎は、アパートの大家の息子である、袋田の幼馴染だ。
岩崎と大家の息子は小学校の時こそ、よく一緒に遊んでいたが、岩崎が中学校に上がる頃になると会う機会が減るようになった。
実際のところは、岩崎が袋田だけでなく、周りの皆から距離を置くようになったのが原因であるようだった。
袋田の話では、岩崎さんは徐々に周りとの付き合いが悪くなっていったそうだ。
「この町はどう?」
いつもの居酒屋で、揮宇は岩崎と二人で飲むことになった。
「さあ、一言では言えません」
揮宇は落ち着かない感じでそう答える。ただでさえ人見知りをする奴だ。
会って二度目の男とさしで飲んで落ち着くわけがない。
「どう言えない?」
「そうですね。僕は前に住んでいた町の事しか知りません。その町と比べてどうかと聞かれても、違う点も当然あるけど、特別違うかというと違わない気もします。いくつかの町に住んでいたらもっと何か答えられるかもしれないけど、この町と僕の生まれた町を比べても、なんていうか、とくにこれとって言える事はないですよ。単純に比べるのも難しいです。生活そのものが変わってしまいましたから」
「どう変わったって?」
「前は親元でダラダラ生活してました。今は一人暮らしで毎日仕事をしている。全然違いますよ。そこが。だから町を比べるまえにその違いの方が大きいって思うんです」
「でも、この町が窮屈だとか、狭いとか感じた事はないか?」
揮宇は首を横に振る。
「世界は広いかもしれません。でも僕は広い世界の事を前から何も知りません。この町も西から東まで広いし、僕が行った事ない場所もたくさんある。別に狭いと感じた事はありません」
「そうか。でもこの町から出れないんだ。まだ感じていないだけかもしれないけど」
揮宇は頷く。
「確かに、前の町なら隣町の海まで出た事もあったし、遠くにスキー旅行に行ったこともありました。東京にも何度かいった事はあります。でも僕は別にどこかへ行きたいとか思うほうじゃないから、この町で十分ですけど」
岩崎は少し考え込んでから答えた。
「そうか。この町以外の人にはこの町は狭いと感じるんじゃないかと思ったけど、そうでもないらしいな。人によるのかもしれない。狭いと思わない君にはこの町がちょうどいいのかもしれないな」
「そうですね。僕にはこの町が合っているのかもしれません。
僕も最近そう思うんですよ。僕はこの町を意外と気に入っているんです」
果実、君と一緒ならこの町で永遠に何の不安もなく暮らしてゆく事ができただろう。
君と暮らせたらよかったのに。
岩崎は少し考え込んでから、小さな声で話し出した。
「実はな、俺はこの町を出てゆくつもりでいる。
まあ、この町を出てゆくものは毎年何人か、数十人かはいる。出て行くものは皆家出のように突然出てゆくものさ。誰も二度と帰ってこれないかもしれない町にお別れを言って去るような真似はしないのさ。
俺もそうしようかと考えている。出て行くからには覚悟はしっかりできている。
俺は自由になろうと考えているのさ」
どこへ行こうと何かに縛られる事になる。
揮宇はその事を岩崎に伝えようと思ったが、うまく口から発することはできなかった。
心の中ではそう思っている。
人は縛られながら生きてゆくんだと。