雨に沈む町 3.如月葉月
町は商業地帯からなる西の町と公共の施設やビジネス街がある東町に別れている。
揮宇(きう)が今いる場所はそのどちらでもない中央町だ。この辺りの大昔は沼だったそうだが、川を曲げて堤防を作り、田畑を作ったそうだ。現在では南側に工場地帯が広がる。
如月葉月(きさらはづき)は町の事をそういう風に説明した。
如月葉月という冗談みたいな名前だ。母親は如月卯月(きさらぎうづき)と言う。その流れで、8月4日に生まれた少女は如月葉月と名づけれられた。
揮宇と葉月は道を南にずっと歩いていった。
東西を走る大きな通りで食事をした。揮宇がそこで金を持っていない事を明かすと、葉月はなけなしの金で仕方なくおごってくれた。
静かな洋食喫茶店だった。
「揮宇さんはどうやってここに来たの?」
という質問に戻った。
「電車に乗ってやってきたよ。
財布を電車の中に落としてしまったんだ」と、答える。
「じゃあ、駅まで行けば財布も見つかるよ。
ここの列車は動いても一日一往復しかしないから」
この町の電車は晴れた日にしか動かないそうだ。しかも一往復しかしない。それが彼女の説明だった。ならバスか何かで行けばいいとも言ったが、そんなルートはないと葉月は答えた。
不思議な町に辿り着いた。隔離された町。出口は一つしかない。秋の森よりはまともに出られる。ただ電車に乗っていけばいいだけだから。
揮宇はハヤシライスを久々に食べ、お腹を満足させた。食生活の欲が生まれている自分に気づく。もうキノコだけを食べる生活も終ったのだ。
二人はさらにずっと南に歩いた。静かな町だった。ほとんど人にすれ違う事はなかった。田舎町だから皆車で移動するのだ。
駅までは1時間以上歩いた。町内を回るバスを使えばもっと早く着いたのだが、バスの時間がずっと都合の悪いまま、自然と二人は駅まで歩いてしまった。
駅には多くの人がいた。でもそこにいる人々は旅行者とか町を出て行く人とかではなく、大きなトラックに大きな荷物を積み込む作業員たちだった。
駅も駅というよりは倉庫のような場所で、たくさんのホークリフトが動いていた。
「町には物流経路が船か貨物列車でしかないの。だから晴れた日に動く貨物列車は物流の要だって、お父さんが言っていた。今日とばかりにたくさんの製品が運ばれてきたのよ。家電製品とかが主みたいね」
大きなダンボールには確かに電化製品のメーカー名が書かれている。揮宇はとても現実を感じている。
「旅に出て行く人はいないんだね?」
「そうね。町を出て行く人はほとんどいない。一度出て行けば次にいつ戻ってこられるかわからないでしょ?だから出て行く人はほとんどいない。それでも春になれば町を出て行く人もいる。3月、4月、5月には結構な人が出て行くそうよ。わたしもよくは知らないけどね」
「そうか。不思議だね」
揮宇と葉月は端っこのベンチに腰掛けてしばらくホークリフトの動きを見続けていた。作業はそれから程なく終った。もう十分に運び出した後だったようだ。
やがて巨大倉庫のような駅内は静けさに包まれた。
「財布を探す?」
「ああ、だけど、もう大丈夫だよ。後は、自分でどうにかするよ」
「そう。もし困ったら駅長さんに尋ねるといいわ。この町の人じゃない人にお金がないから電車に乗せないとは言わないと思うから」
「ありがとう」
「いいえ、わたしも今日は暇だったから」
如月葉月は少しだけ顔を赤らめて、そう答えた。
「貨物列車の一番前の乗客席に乗っていけば帰れるわ。行きもそうやってきたんでしょ?」
「ああ、そうだね」
と、そうではないが、揮宇は頷いてみせた。
「じゃあ、行くね」
「ああ、ありがとう」
如月葉月は去っていった。揮宇はまた一人になった。
揮宇はずっとベンチに腰掛けていた。
長い夢から覚めた現実の町は冷たく感じられた。
やがて仕事を終えた作業員がどこかからか戻ってきた。そして皆列車に乗り込んだ。
皆が皆、揮宇の方をちらっと見ていったが話しかけてくる人は一人もいなかった。
最後に駅員が出てきて、「乗りますか?」と、揮宇に尋ねた。
揮宇は首を横に振った。
リリリリリリリイッリッリーーーーーン
大きな発車ベルの音が大きな倉庫内にこだました。
それからしばらく列車は動かなかった。乗り遅れた人がいないのかチェックしているのだろう。
15分くらい列車は動かなかった。列車は揮宇の事を待っているかのようだった。
それでも列車はやがて動き出した。
駅員は動き出した列車が倉庫内から出るのを確認した。特に倉庫内は鍵を掛ける場所はないようだ。扉もない。大きな列車の出入り口があるただの車庫だ。
駅員は揮宇の方をちらっと見て、会釈した。揮宇も会釈をした。でもそれだけだった。駅員は外へと出て行った。
揮宇はまた独りぼっちになってしまった。この先の未来もわからないまま、何の答えもないまま、駅に置き去りにされていた。