秋の森 15.森が嫌う事
果実(かみ)は暗闇の中で優しい笑みを浮かべていた。
その瞳は輝いていた。そして彼女自身の体も少しだけ輝いているように、揮宇(きう)には見えた。
「出逢えてよかったね」
と、果実は声に出して言った。透き通った声だった。
「叫んでよかったね。
淋しい、淋しいって叫んでいたね。
ずっとわたしはあなたが来るのを森の中で待っていた。
あなたはわたしに大きな幸せを感じさせてくれた。
ずっとこのままの幸せを感じていたい。
でも、わたしは女で、あなたが男で、その事がとても大切な事だと気づいたの」
果実の言葉を揮宇は少し離れた場所で聞いていた。
微妙な距離が二人の間にはまだあった。
「僕が男で、君が女、僕だって感じている。だからその事を意識する。
僕は僕が男である事で、君が女である事で、僕は君を失いたくないし、
僕は僕が男である事を、君が女である事を、失ってほしくはない」
揮宇はどこからともなく生まれた言葉を口から出していた。
自分の台詞じゃないように揮宇は感じていた。
「わたしはこの世界から消されても構わない。
もし死んでしまっても、一生に一度でいいからあなたと愛し合いたい」
揮宇はその言葉を聞いて果実に歩み寄る。
秋の森はざわめいていた。地に埋める葉さえ、命を持って踊っているようだった。
木々はいつになく赤い葉を振り落としていた。揮宇と果実のいる場所に、二人だけの空間を作ってあげているかのように。
「僕も望んでいた。果実と一緒になりたいと望んでいたところだよ」
葉葉は二人の空間を巡る。風は二人の周りを渦巻いていた。
衣を剥いで、人には男と女があるってはっきりさせた。
生まれてきて、死んでゆく。
死ぬまでに愛し合い、子をもたらす。
その子もまた同じように、生まれ、死んでゆく。
だからただの一度でも愛を望み、子を欲するのだよ。
当り前の幸せを感じるために、男と女は一緒になるのだよ。
ただ死を待っているのは恐いから、幸せを感じたい。
包まれた葉の内で二人きり、誰にも見えない場所で二人は裸体になった。
常識なんて要らないよ。
二人は下手でもありのままに、ただ望むままに、欲するままに、その体と体を重ね合わせる。
心臓が破裂してしまいそうだった。これほどの望み叶えた事を感じた事はなかった。だから二人は大きく声を上げて感じ合った。触れ合う全てに感じ合い、二人はどこまでもどこまでもいってしまいそうになった。
愛し合う二人の体はいつしか光に包まれていた。
それは生まれたいと願う子の魂、いくつもの魂が二人のうまく行く事を願い、天でその時を待ち望んでいた。
木々はさらにざわめきを増し、赤い葉ばかりを地表に降らせていた。
二人の愛に乗じたように、全ての葉が真っ赤に染まっていた。
赤い葉のじゅうたんの上で、二人は魂の望み叶う場所へと突き進んでいた。
望みを止める事はもう誰にもできなかった。
もう止める事はできなかった。
「いくね」
と、揮宇は言った。
「うん」
と、果実は答えた。
光は揺れた。
瞬間に闇は外から徐々に光を消し去り、赤き葉は黒ずみ、光の中に包まれていた二人はその光と共に、闇に消されていった。
揮宇と果実は秋の森から排除された。
どこへ行ったかはわからない。
森は二人の事など気にも留めず、またひっそりと静まり返った。
もう揮宇と果実の姿は森のどこにも見当たらなくなっていた。
秋の森はまたいつもの営みを続けるだけだった。
秋の森 END。