秋の森 10.女性との語らい
揮宇(きう)は会う。
その子、年の忘れた15の子。
秋の森で時を忘れ、明日と今日を繰り返す。
「忘れてしまったの?」
その子は揮宇に過去の事を訊いて、何も答えない揮宇にそう訊ねた。
「毎日、過去が消えてゆくよ。君もそうだろう?そう違いない」
「ええ、そう。過去はない。もう今は多くが忘れられたまま、今がある」
「ここで君は何をしているの?」
「音を聴いている。夢を探している。気づいた事の一つ一つを覚えようとしている。
ここには思い出を残すようなものが何もない。誰も何もないまま消えてゆく。
わたしに残るものはイメージだけ」
「毎日は変わらない。この森は今日を繰り返す。変わるのはここに迷い込んだ人だけ、だね」
「そんな感じに思う」
「そうだろう。きっと。そうだ。それだけだ」
今日も降り散る赤や黄色の葉を眺める。二人の眺める瞳が赤や黄色に染まっている。
「君の名前は?」
と、揮宇は女性に尋ねる。
「カミ、果実と書いて、カミと読むの。漢字も、平仮名もこの世界では関係ないけれどね。
あなたは?」
「僕は揮宇(きう)、指揮者の揮に、宇宙の宇と書く」
と言って、自分の手のひらの上にその感じを綴る。
文字書けない森のコミュニケーション。
そして少しだけ会話が止まる。
空を眺めても木しか見えないけれど、光の具合から今日が晴れである事がわかる。
雨の日には木々が鳴いている。
風の強い日には雲がざわついている。
今日は穏やかに晴れている。
静かにサラサラ葉を散らすだけだから。
「しばらくは果実と一緒にいたい。君と一緒に暮らせたらいいな」
「ええ、わたしも揮宇と一緒に暮らしたい。わたしもしばし、それを望む」
にっこり微笑み、二人を顔を赤らめた。
赤く染まる森の中で、小さな小さな思い出を君と作る。