59. 五十嵐卓人のラブレター | 小説と未来

59. 五十嵐卓人のラブレター

『拝啓 嶋咲枝様


 あなたの手紙を受け取り、内容を拝見させていただいて、正直、驚くことばかりでした。

 私は正直信じられない事ばかりで、何と返信すればいいのか、困った次第です。


 それでも私はあなたに伝えなくてはなりません。

 少なくても伝えなくてはならない事があります。


 まずは私事になりますが、私は近々、青山の自宅近くに画廊を持つ事が決まりました。

 前回の展示会が好評に終わり、また母親の伝(つて)になるのですが、

 その方が私の絵を中心とした画廊を開くと言ってくださいました。

 これにより私もやっとニートから画家という肩書きでやっていく事ができそうです。


 どうでもいい話をしてしまいまして申し訳ありません。

 本当はもっと大切な事をお伝えしなければならないのですが、

 いきなりその事をお伝えするのもしづらく、前書きとしてお伝えさせていただきました。


 さて、お伝えしなければならない事をお伝えします。

 それはあなたの息子に関する話です。

 実は、彼はあなたが警察に行かれた直後、私の家にやってきました。

 あなたが望まずとも、もしくは望んだとおり、彼は私の元へやってきたのです。


 彼は元気に、私の元へおります。

 数日は部屋に閉じこもっていましたが、部屋から出た彼はあなたの言うように、

 海外へ行きたいと言っておりました。

 しかし彼は行き先も決めていなかったので、彼には私の母がいるパリに行くよう勧めました。

 彼が頷いたので、私は彼のために、パリ行きのチケットを2枚取る事となりました。

 彼にはすでに一緒に連れて行くような相手がいるようです。

 このような事を言うのもどうかと思いますが、彼を深く案ずる必要はありません。

 彼には彼を支えてくれる相手もいます。

 そして私も、私の母も、彼の手助けを出来る限りしてゆこうと思っております。


 私としてはむしろあなたの方が心配なのです。

 あなたは自分が愚かな事ばかりをしてきたと卑下しておりますが、それは違います。

 少なくとも私はあなたに心より感謝しています。

 もしあなたがいなければ、私は今日もどうしもうなく駄目な日々を過ごしていた事でしょう。

 あなたの支援と共に、あなたの輝かしい姿があったからこそ、

 私はこうして画家という肩書きを手にすることができました。


 僕にとってはあなたはとても輝かしき人です。

 あなたが自分を愚かだというのなら、僕はより遥かに愚かでくだらない人間です。

 あなたが苦しみの中に迷い込み、どうしようもない毎日を過ごしていたかと思うととても胸が痛みます。

 でもあなたがその苦しみに耐えてきた事が、あなたを輝かせていたのではないかと思います。


 あなたが愚かなら、僕は本当にどうしようもない愚か者です。

 僕は、五十嵐卓人は、あなたという存在が恋しくてしかたありません。

 僕はあなたの思いの全てを信じ、そしてあのような手紙を僕に与えてくれた事を信じ、

 あなたを愛おしく思う次第です。

 僕はあなたからの手紙を読み、幻滅するどころか、あなたが愛おしくて仕方なくなってしまいました。

 あなたが息子の事を想うように、僕はあなたの無事を想います。

 いずれあなたに再び出会える事を信じています。

 恋を全くした事がなかったわけではありませんが、これほど誰かを心より想った事はかつてありません。


 僕は本当に愚か者です。

 本当はあなたの息子の事について、その近況について、もっと知らせなくてならないかもしれませんが、

 僕はバカなので、僕の思う事ばかりを手紙に書いてしまいます。


 あなたからの手紙はあなたの息子に預ける事としました。

 彼はあなたについて何も語りませんが、あなたが自分の母親である事を知っているようです。

 ライターの前野という人がその事を、僕に伝えました。


 どういう形であれ、僕はあなたに会いたい。

 十年でも、二十年でも、死んでもあなたを待ちます。

 僕はそう決めました。

 なぜならこんな想いは二度と起きる事がないからです。

 どんな形であれ、あなたが誰かを愛したように、私もあなたの事を愛し続けたいと思います。

 いいえ、愛し続けようとしなくとも、愛し続けてしまうでしょう。

 本当はあなたに会った時に、この事を伝えたかった。

 僕はいつまで経っても駄目な人間です。

 あなたを求めるなど、とても愚かに思います。

 それでもどうしてもこの想いを伝えたい。


 僕はあなたの事を愛し続け、待ち続けるでしょう。

 あなたがあなたの息子を思い続けてきたように。


敬具

 五十嵐卓人』 


 この手紙は届いた事だろうか。

 五十嵐はこの手紙をどこかに出したが、それは届くかどうかわからないものだった。

 それでも五十嵐は手紙が届く事を信じるだけだった。


60話=終話へ続く