52. 復活・馬込警部補の再捜査
青空の下を、馬込(まごめ)は歩いていた。いつもと変わらない日、いつものように何かを探している。ずっと変わらないはずだ。馬込はまた、馬込警部補に戻った。まだ追わなければならないものが残っている。
回想
柏木守と横浜で会った馬込は柏木のスターレットで都内へと向った。そして柏木守と白い粉の入ったトランクを半蔵門にある未然処理課まで運んだ。
車の中で、二人はこんな会話をした。
柏木:「僕は伊豆工場爆発事件の犯人であり、日暮里スーパー爆破事件の犯人です。
僕はそれで捕まります」
馬込:「このトランクは、上野響から手に入れたんですよね?」
柏木:「すみませんが、僕はその人からそれを手に入れてはいません。
上野響さんとは居酒屋で会ったことはありますが、それ以外ではありません。
あなたは何か勘違いしている。それはクワノと言う男が持ってきました。
僕たちの仲間です。小田原の辺りで手に入れたそうですが、詳しい事はわかりません」
馬込:「そうですか。わかりました。
でも金子さんはそれは上野響が持ってきたと」
柏木:「さあ、金子さんは何かを勘違いしている。それをあなたが勘違いしたんですね」
馬込:「あなたはいろいろと嘘を付く方なんですねえ」
柏木:「どうですかねえ。嘘は付かなくはないですけど、正直な方だと思うんですが」
馬込:「そうですか。じゃあそれでいい事にしますよ。わかりました。
あなたが2つの爆破事件の犯人で、それはクワノという男が持ってきたという事にしましょう」
柏木:「そうですか。わかってくれてよかったですよ」
馬込:「いや、わたしは本当に信じているわけじゃないんですけどね。
最近思ったことがあるんですよ」
柏木:「はあ」
馬込:「真実はどうでもいいと思いました。そんなわかりにくいものを追う事は止めることにしました。
ただ、わたしはですね、やり遂げるべき事をやり遂げようと考える事にしました。
本当にね、わたしは頭が大してよくないんですよ。
それはとても残念ですが、人のトリックを暴(あば)けるほど頭が回らないんです。
誰かの言った事が嘘か本当かなんて、よくはわからないんです。
警察なんて、いまは警官じゃありませんが、警官の真似事でさえ、わたしには向かない。
でもですね。わたしはもう30になりますが、この年までこうやって生きてきてしまいました。
今更やり直しはきかないんですよ。ここまで来たらこの道を突き通したいんですよ。
結果、わたしはあなたを捕まえる事ができた。真実は別のところにあるでしょう。
誰かがそれを求めるかもしれない。でもわたしの仕事はここまでなんです。
真犯人じゃなくても、わたしは犯人を捕まえる。
真犯人か、犯人じゃないかはどうでもいいんです。わたしは捕まえられる相手を捕まえる。
なぜならわたしは頭があまりよくないんです。間違えてばかりなんです。
それでもやり遂げないと、気がすまない性質(たち)なものですから」
それはとんでもない、独りよがりのようでもあった。間違えた犯人でも構わないなどというのは常識的に考えられる事じゃないだろう。しかし馬込はそう言った。でもそういう思いが柏木逮捕に繋がった。そして手土産に薬入りのスーツケースを持ち帰った。的は獲ていない。でもやった事は価値のないことじゃない。馬込は誰よりもその事をよく知っている。諦めずにやる事がどういう結果をもたらすか、その答えをここに出していた。
馬込は警部補に戻った。
それは異例の事だったが、爆破事件犯の逮捕を一人でやってのけた事はそれ以上に大きな価値のある出来事だった。辞職の取り消しだけでなく昇進の話もあったが、馬込はそれを断った。馬込はお気に入りの古畑任三郎に従い万年(まんねん)警部補でいるつもりのようだ。
そして馬込は再び上野響を探そうとしていた。それがどんな事件に繋がっているかはわからないが、それは何らかの事件に繋がっている。そしてその男を逮捕する事が、馬込警部補の使命と変わったからだ。
馬込警部補が上野響を追い始めた理由はもう一つある。
工場爆破事件での生き残りは、柏木の話では柏木一人だった。柏木はメンバー全員の名前を述べたが、上野響の名は述べなかった。その後、金子も逮捕されたが、彼もまた上野響については一言も語らなかった。
柏木の取調べを行う刑事は、馬込から聞いたその話を何度か持ちかけたが、知らないというので、やがてはその刑事も、上野響という謎の人物についてはどうでもよくなってしまった。柏木にはまだ話してもらわなければならない事がたくさんあったからだ。
廃工場の焼け跡からは、5人の遺体しか見つからなかった。その内、身元が判明できたのは木島と睦美の遺体のみだった。他は損傷が激しく、もともと身寄りのないメンバーだったので確認する資料が出てこずにわからないままとなってしまった。相当なまでに焼かれてしまったので、他のメンバーは姿形も残さずや焼かれてしまったのだろうという意見が主流となり、全員の死が警察内では黙認されるようになっていた。
一方、柏木が持ち込んだスーツケースは、付いていた認証システムがある暴力団幹部の指紋に反応して開いた。
これは極最近の事であり、まもなく確認作業がなされ、逮捕状が出れば、ある暴力団幹部が逮捕されることとなる。
しかしそのスーツケースがどこからどのように手に入ったかという話には到らなかった。そしてその暴力団幹部が逮捕されたところでその流通経路までは間違いなく話さないだろうと予測されていたので、全ての事件はその幹部の逮捕で終わりとなることが予想された。
一人だけ、馬込警部補だけがその事件の続きを追っていた。
上野響は生きている。馬込警部補はそう信じて、その男を追っていた。
それは亡くなったとされる若手旋斗(わかてせんと)という男が追おうとしていたものが何なのかを知りたいと感じる思いにも繋がっていた。若手とは同じ道を歩まなかった馬込だが、若手という男には興味を注がれるものがあった。馬込はまだ若手という男もまだ生きているのではないかと考えていた。
正直、馬込は何を追っているのかわからなかった。
でも追わなければならないものを追えば何かが見えてくる気がした。若手がしようとしていたこと、それだけでなく、何か大きなものに近づける気がしていた。
53話へ続く。