47(-1). 時の終りを見つめる 前.   | 小説と未来

47(-1). 時の終りを見つめる 前.  

 倉本が食堂の扉をガラリと開けたとき、木島はテーブルの上に座っていた。入り口側から一番奥にあたる部分にあるガスコンロと流しのある調理場では、睦美が一人、昼食の準備をしていた。

 食堂にはシチューの食欲をそそる甘い香りが漂っていた。


「どうした?」と、木島は倉本に尋ねた。

 倉本は木島の質問を気に止めずに食堂の奥、トイレへと通じる方の扉へと向っていった。シチューのよい香りからして、焦げ臭い匂い睦美の調理ミスでない事は倉本にはすでに承知済みだった。

 息を呑むような真剣な表情をした倉本の姿が、木島と睦美には伝わり、二人を緊張させた。睦美はコンロの火を止めて、木島の方へと近寄っていった。木島はテーブルから降りて立ち上がった。


 次の瞬間だった。

 倉本の前から大きな爆風がやってきた。倉本はその爆風に飛ばされ、しりもちをついた。ボンという大きな音が当たりに響いたが、それだけで終り、後はまた静けさに変わった。


 灰色の煙が食堂の方へと入り込んできた。誰も身動き一つ取る事はできなかった。木島と睦美は爆風に吹き飛ばされた倉本の姿を見て、ただ呆然として立ちすくんでいた。

 倉本は瞬時に顔の前で腕をXにし、体を丸めたため、大きなダメージを受けていなかった。ただ煙の立ちこむ向こう側を見ようとしていた。

 倉本は感じていた。『どうして、そこで起こったのか?』と。

 爆風のやってきたところは工場の外部からではなく、内部でのあたりにしか見えなかった。トイレのあたりから攻め込まれて起こった爆発とも考えられたが、それなら睦美が調理していた流し台の方にも何らかの異常が見られるはずだが、流しのなんともなくシチューは無事だった。感覚的に見て、それは内部で起こった爆発なのだ、と倉本は悟った。

『おそらく内部防御のための扉』

 爆弾は工場内にも仕掛けられていた。それは工場に追い手=SATが入り込んだ時に中で防御するための爆弾だ。爆発したのはおそらくその爆弾だ。だから自分たちを守るために強い爆発はしない。


「金原、どうなっているんだ」と呟き、倉本は立ち上がった。そして一瞬木島の方に目をやった。

「そこから動くな。俺は金原を探してくる」

 そう言って、倉本は煙の立ち込めるトイレの方の扉を潜っていった。

「倉本!」と、木島は呼び止めたが、すでに遅かった。倉本は煙の中に消えてしまっていた。



 その爆発は工場内の全てに伝わっていた。

 事務室に若手と響がいて、作業場に柏木守がいた。食堂には木島と睦美が残って、倉本は爆発の起きた方へと飛び込んでいった。金原は機械室にいて、桐平と小菅、桑野は材料室でゲームをしていた。裁断場には誰もいなかった。


『あの煙はどこからともなくやってきて、僕らを包み込んでゆくのかな?無関心な出来事かもしれない。きっと誰もそんなに憎んではいなかっただろうし、恨んでもいなかったのだから。むしろその憎しみや恨みは自分自身に向っていたんだ』

 桐平は爆発して起きた煙を見ながら、そんな事を思っていた。

『若手さんや倉本さんは知らないだろう。僕らがどんな人間なのか、彼らは知らない。最初から何かを成し遂げようとか、世の中をあっと言わせようとか、そんな気はなかった。

 僕らは僕らの程度を知っている。

 そんな僕らを若手さんは快(こころよ)く迎え入れてくれた。そして僕らにも出来る事があると、勇気付けてくれた。僕らは皆生きる意味を持たされた。

 その事が嬉しかった。僕らにも生まれてきた意味がある事を教えてくれた。

 本当の僕らは存在意義も持てない人間たちだ。

 理想ばかり高く、現実と向き合おうとしない人間たちだ。僕らはそんなどうしようもない人間たちなのに、若手さんは僕らの味方になってくれた。道を踏み外してしまった僕らの道をしっかりと作り直してくれた。

 若手さんの優しさを僕らは十分に感じてきた。

 ずっと深い闇の中にいた僕に、小さな蛍を投げ入れてくれた。僕はずっと闇の中にいるのだけれど、その蛍が僕の関心を誘う。何もない暗闇ではそんな小さな関心さえ持てなかった。

 若手さんが与えてくれた事に僕は感謝している。だけど僕らは小さな暗闇の中にずっといるんだ。そしてただ若手さんが投げ入れてくれた蛍を見つめる事、そんな事しか出来ないんだ』


 次の瞬間、二度目の爆発が起きた。爆発は再びいくつかの通路を塞いだ。材料室と裁断室はもう繋がってはいなかった。作業室と材料室も繋がってはいなかった。

 二度目の爆発が工場をいくつかに分断した。


 事務室では若手が苦い表情を浮かべていた。

「また回路が狂ったか」と呟いた。

 響はどうしようもない状況に追い込まれていた。爆発による熱のせいか、はたまた冷や汗か、額には玉粒上の汗が滲(にじ)み沸いていた。


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47話は前・中・後に分けて掲載します。