45. 爆破事件の当事者 | 小説と未来

45. 爆破事件の当事者

 漆黒(しっこく)の闇が包む。何度目かのトタン屋根を叩く音が響いた。SAT(特殊急襲部隊)の連中がまた突破口を切り開こうと始めているみたいだった。

 息が詰まり苦しい感じがするのは皆同じだ。睦美は食料の心配を感じ始めていた。頭の弱い小菅はたまに泣き出しそうな声を発した。

「あああああ、あああああ」

 その声が場内に響き渡ると、皆嫌な気分になる。特に倉本は苛立ちを隠せずに足を震わせていた。

 個々の時間が過ぎ去ってゆく。風のない場所が空気を重く感じさせる。「もうやめよう」という気が起きないと言えば嘘になる。


 心の見えない女、金原は誰よりも強く絶望を感じていた。

 彼女は倉本の呼びかけに応じて仲間になったメンバーだ。だが彼女は麻薬に関して恨みを抱いているわけではなかった。彼女の怒りは麻薬と言うよりもむしろ世の中にあった。だからただ、その世の中をひっくり返すような考えを持っている若手という存在に対して惹(ひ)かれる気持ちを持っていた。


 金原は小学校からずっと虐められてきた。

 オシャレにも興味がなく、眼鏡を掛け、本ばかりを読んでいる彼女はかっこうのいじめの的となった。誰もが根暗で、人と話をしない彼女を避けた。

 彼女は別にそれでも構わなかった。人と付き合うよりは色々な物の仕組みを解明していく方が何倍も楽しかった。いじめは当り前の出来事だった。無視されるだけなら楽だったが、トイレで水を掛けられたり、机に落書きされたり、時には後ろから突き飛ばされたりすると苛立ちを強く感じた。

 でも本当に彼女が感じていたのは、怒りというより虚しさだった。どうして世の中の人間はくだらない虐めのような事を楽しむのだろうかという疑問が彼女の心を虚しくさせていった。彼女は周りの人間がもっと自分と同じように、色々な物の仕組みに興味を持って取り組んでいけばいいと望んでいた。

 しかし中学校に入っても、高校に入っても、彼女の周りの人間にそのような深い興味を持った人間が見つかることはなかった。実際はいたのかもしれないが、話ベタな彼女は自分の世界に入り込むばかりで、人と関わろうとしなかったから、そんな想いを持つ人間を見つける事ができなかった。

 結局、一人で家に閉じこもり、パソコンと向き合う生活の方が増えていった。高校を卒業する頃になると、金原は世の中に対する怒りを強く感じるようになっていた。世の中の人間はゴミのようなやつらばかりだと感じていた。この国が滅ぶのも時間の問題だと感じ、むしろそうなる事を望むようになった。

 爆弾の作り方を掲載するコミュニティーの中で彼女は倉本に声を掛けられた。倉本は金原が書き込むコミュニティーの細かい説明に興味を持った。『仲間になってほしい』と彼女を呼びかけてきた。最初は何だかわからなかったが、やがて倉本の存在が近づいてくると、そこに未来があるような気がした。金原は思い切って、心の扉を開いた。その後、若手と出会い、自分が必要とされている存在である事を理解した。


 深い闇の青、音のない場所、音のない暮らし。

 胸が苦しい。心が荒(すさ)む。


 それでも今また、金原は苦しんでいた。

 彼女は惨劇(さんげき)の全てを知っている。日暮里スーパー爆破事件の爆発がどうしてあれほど大きかったのか。あれは間違いだったのか、正しかったのか、知っている。

 若手はあの爆発を『間違えだった』と言った。あの爆発物は間違えて作られた物が爆発したからだと思っている。

 金原はあの爆発物が、間違えて作った物なのかどうなのか、その事を一番良くわかっている。作った本人はその事を一番よく理解している。あの爆発物がどれだけの威力のある物なのか、金原は理解していた。

 わかっていた。あの爆発は間違えではなかった。あれはああなるようになっていたのだ。金原は試したのだ。自らが作った物にどれだけの威力があるのかを。

 それは大変な威力(いりょく)だった。あれほどの爆発が起こり、あれほどの人が亡くなったのだ。だから金原は爆発後、若手と会った時、「間違いだった」と告げた。若手は、「仕方ないさ。誰にだって間違えはある。仕掛けたのは俺だから俺の責任だ」と答えた。

 二人の間違えという言葉には大きな誤差があった。金原は、あの爆発物を作った事が間違いだったと言ったのだ。しかし若手は、あの爆発物の作りに間違いがあったと思っているのだ。

「しかたない。間違えもある。あれは強すぎた」

 金原はその言葉を聞いて、若手の勘違いを理解した。そして金原は自分の心の内に自らの間違いをしまい込んだ。もともと口数の少ない金原だから、それ以上口を開かないのは自然だった。皆あの爆発が間違った作りよって作られた爆弾が爆発した物だと思い込むようになっていた。

 そして時はいつの間にか過ぎていた。


 金原という存在がいなければ、若手らはまだテロリストと呼べるほどの集団ではなかっただろう。そしてあの事件がなければ、彼らはそこまで危険な集団として考えられなかっただろう。彼らがテロリストだという事は実際のところ、工場内にいるメンバーと未処(市谷と夢見警部)、それから馬込純平くらいしかいない。現実では彼らはまだ誰にも、といっていいくらい知られていない。しかしあの事件犯だということで彼らはいずれテロリストと世間に言われるようになるだろう。


 闇の中で恐れているのか、SATの連中はまだトラップの内側に入ってこない。

『本当に間違いだったのか、正しかったのか』

 金原はもう一度、自問する。

 自分が作った物がどれだけの威力があるかを試したかった。ずっとパソコンの中で理論立ててきた物が形になった。金原が一言、欲しい部品や化学薬品を言えば、桑野と倉本は時間を掛けてでも、その物を調達してきてくれた。そしてそれらを使い、実際に作るという、理論の世界を越えた第2の楽しみを金原は味わう事ができた。様々な失敗は失敗で楽しめた。それは金原にとってかつてない楽しみだった。

 そしてここまで来た。廃工場を覆う数々の爆発物、その全てがどうなるか、金原だけが知っている。彼女のしたい事SATを入らせない事よりもむしろそのトラップがしっかりと出来ているかという事にあった。そして彼女の苛立ちはSATに囲まれている事ではなくて、むしろ自分が仕掛けたトラップに誰もいまだに引っかからない事にあるようだった。

『もう、ここまでやってしまった』

 彼女は心の中でそう呟いた。誰もいない機械室で一人息を詰まらせていた。人を殺した罪悪感がないわけではいない。しかし彼女はその悪の根源は自分をそうさせた世の中にあると捉(とら)えていた。

 彼女は今、自虐的(じぎゃくてき)に全てを終わらせようと考えている。ドミノの最初の一押しみたいなスイッチを彼女は手にしている。ある部分が少しずつ熱を帯び、やがて火薬を発火させるようになっている。ろうそくに火が付き、やがて溶けた蝋(ろう)が零(こぼ)れ落ち、熱せられ、熱が伝わる仕組みになっている部分もある。それらの一つ一つがうまくいくのか、計算上ではうまく行くはずだが、実際にどうなるかはやってみないとわからない。

『もう時は迫っている』

 金原はその事を感じていた。だから彼女は自分を満たしたいと微笑んだ。


 そして最初のスイッチを押した。


 一気には何も起こらない。少しずつ時間が過ぎ、やがて爆発が始まる。彼女はその事を知っている。


 世の中に対する恨み、憎しみ、彼女は心の見えないところでずっと一人その想いを持ち続けてきた。その全てが今、満たされ、終わりを向かえようとしていた。

 誰も知らない真実の中で、若手らのメンバーは個々の場所で個々の時間を送っている。


46話へ続く。