44. 意外な来客への来客
馬込は市谷からの連絡が再び入るまで上野響を探す事とした。しかし彼にはどこに行ったらいいかという答えがなかった。だからとりあえずいつもどおり上野響が住んでいたマンションの前までやってきた。
『彼はあの日、ここから出ていった!つまりそれはどういう事なのか。んふ~、はい、そうです、つまりですね』と、腕を組んで、人差し指を額に当てながら、古畑任三郎の真似をして、上野響の行き先を考えた。
しかしどこにも上野響がどこへ行ったかという手がかりは見つかりそうになかった。馬込には何の予測も浮かばなかった。
結局、馬込はいつものように、マンションの前の花壇の脇に座り込み、ただぼけっとするだけの時間を送る事となった。すでにいなくなった男が戻ってくる確率はとても低かった。それでも馬込には上野響を待つことしかできなかった。
『この先、僕はどうしたらいいんだろうか』なんてニートの悩みが浮かんでいた。
1時間が経過した。辺りを通りすぎる人を見つめながら時を送っていた。
やがて一人のおっさんと目が合った。おっさんは青いジャンパーにベージュのチノパンを穿いていた。角刈りの似合う40過ぎの人の良さそうおじさんだ。だから馬込は宗教勧誘者かなんかだと感じ、目を逸(そ)らせた。
「すみません」
おっさんは予想どおり馬込に話しかけてきた。
「いえ、間に合ってますから、大丈夫です」
何が間に合っているかは不明だが、馬込はとにかくそう答えた。
「あの、そういうことじゃなくて、ひょっとしてあなたは馬込さんではないでしょうか?」
馬込は顔を上げた。そしてその男の顔をまじまじと見つめた。角刈りにほりの深い顔立ち、馬込にはまるで見覚えのない顔だった。
『いや、知らない』と、心の中で呟いた。
『待ってください。たしかこの男は、ひょっとして、と言いました。ということはですねえ、つまりそれは、彼がわたくしの事を本当に知っているわけではない。しかし、彼はわたしの名前を知っていた。それはつまり、急にわたしが有名になってしまって、人々に知られたなんて事がない限り、わたくしの名前を知っているなんて事はありえない。最近わたくしに起こった出来事といえば、市谷班長に会ったこと。市谷班長は若手という男の手助けをしてほしいと言っていた。ここは上野響の住んでいるマンションである。という事は、上野響を知る者である事は確かなのだが、何者かははっきりしてこない。んんん』
と、一人勝手に長い推測を行う。
男 :「わたしは金子と申します。馬込さんでしょうか?」
馬込:「ええ、そうですが」
金子:「じゃあ、柏木(かしき)さんという方をご存知ですよね」
馬込:「ええええ~とお」
金子:「なんといいますか、ギターを弾く男でして、居酒屋『ふくちゃん』というところで会ったかと」
馬込:「ああ、ああああああ。お世話になった人だ」
金子:「ええ、わたくし、彼の知り合いでして、彼からの頼みでここに来ました」
馬込:「…?、どういう理由でしょうか?」
金子:「まず、わたくしたちがどのようなものかをお伝えしておこう思います。
わたくしたちは麻薬に対して恨みを持っている者の集まりでして、麻薬の駆除(くじょ)を行っています」
馬込:「そうですか。という事は、あなたたちはですね、若手という男と関係しているわけですね」
(馬込にしては珍しく飲み込みが早い)
金子:「ええ、すでに、その方の名前をご存知なのですね」
馬込:「つまり、若手の指示であなたはここに来た」
金子:「おそらく、そうですね」
馬込:「それで、彼は今、どこに?」
金子:「まあ、その事は後にして、先にお話させてください」
馬込はしぶしぶ頷く。
金子:「わたしたちは麻薬を恨んでいる集団です。そしてわたしたちはそれを無くしたいと考えている。
それであなたにぜひ協力がしていただきたいと思い、あなたを探しておりました。
あなたには麻薬を扱(あつか)っている組織のボスを捕まえていただきたいのです」
馬込:「…・でも、わたしはすでに、知っておられるかわかりませんが、警官ではないのです」
金子:「いえ、それは構いません。あなたはそのボスに物(ぶつ)を預かっている事を説明し、
関かわっている警察関係者の名を伝えていただければいいのです。
まだボスが何者なのかは判明していませんが、わかり次第してほしいのです。
ボスと思われる人物に揺さぶりを掛け、麻薬と関わっている証拠を見つけ出してほしいのです」
馬込は9割方理解できた。
先日、市谷班長たちと話した件が今の話に繋がっていた。警察関係者とは警備部の石間部長の事だ。『石間が麻薬と関わっていた事を自供した』とボスとなる人物に伝えれば、麻薬のボスにも逃げ道はない。頼みの警察を失えば捕まる覚悟をするしかないだろう。しかしボスとはどこのどんな人物なのか、馬込にはまるで答えがなかった。
だから馬込はその点に関して金子に尋ねた。
金子:「ボスが何者なのかはわたしたちもまだ判明できていません。
わたしたちはすでにある人物を味方に付け、物(ぶつ)を手に入れました。
そしてその人物から、ボスの名を聞き取ろうとしています」
馬込:「ある人物ですか?」
金子:「ええ、運び屋で、上響響という人物です。ひょっとしてあなたはその人を探しているのでは?」
馬込:(もちろん知っている)「運び屋、運び、運ぶ、運送業。なるほど、そういう事か」
馬込は一気にいろいろな謎が解けた気がした。そしてそれはあまりのすっきり感だったので、思わずとてつもない笑顔になってしまった。
でも次の瞬間には嫌な気持ちが湧いてきた。全てにおける謎が解けたと同時に、浮かび上がってきたのは、自分が何を追いかけてきたかという疑問だった。
馬込がずっと追いかけてきたのは、日暮里スーパー爆破事件の犯人だった。しかし先日の夢見警部の話と、今日の金子の話を足すと、その犯人はほぼ若手か、その部下かという事が決定付けられてきた。
日暮里のスーパーに麻薬を運んでいたのは、今麻薬の運び屋であったと判明したまさだと考えられる。そのまさが爆発物を仕掛け、松嶋を殺す理由などどこにも見当たらない。そんな事をすればむしろ自分の飯の種が減ってしまうわけだからその可能性は低い。日暮里スーパー爆破事件の犯人はむしろ、麻薬の売人である松嶋を恨む、若手たちの集団である確率の方が明らかに高い。
今日まで馬込が推測してきた考えは全て外れていて、真相が浮かんできた。犯人はまさではなく、目の前にいる金子と名乗る男も含む若手らのグループであるという事だ。
馬込が長年追ってきた相手は麻薬のボスではなく、日暮里スーパー爆破事件の犯人なのだ。
そして馬込はもう一つの真相も理解できてきた。それは上野響に関する件だ。先日訪れた居酒屋『ふくちゃん』で聞いた上野響とまさの生活、その前の田山家で見つけた上野響の写真を総合して考えると、田山夫妻が何らかの形で預かっていた少年=涼=上野響が、田山夫妻が亡くなった事で行き場を失い、何らかの理由で麻薬の運び屋だったまさに引き取られる事となった。上野響がなぜ田山家で生活していたのか、そしてなぜそれが世間に知られないようになっていたのか、また、なぜまさが上野響を引き取ったのかという事までは、馬込にまだ疑問として残る形となった。
それでも答えはそこにあった。馬込が追いかけるべきは日暮里スーパー爆破事件の犯人=若手らであって、上野響でも、まさでも、麻薬のボスでもなかったのだ。
馬込:「あなたは、日暮里スーパー爆破事件というのをご存知ですか?」と金子に尋ねた。
金子:「ええ、聞いてはいます。あれは事故だったのです」
馬込:「事故?爆発物を仕掛けた事故なんてあるんですか?」
金子:「火薬量を間違えたと聞いている。
若手さんたちはただ松嶋という売り手を警官に捕まえさせたかっただけなんです。
そのための小さな仕掛けだった。それが大きな事故になってしまった」
爆破事件が起きた時、その場に最初に駆けつけた警官は馬込だった。つまり本来想定していた爆発だったなら、馬込は爆破した辺りの物=麻薬を押収して、松嶋を逮捕するという事に到っていただろう。馬込は麻薬犯逮捕という大きな経歴を残し、次の事件を追う事ができただろう。そしてそれを仕組んだ若手も満足して、麻薬捜査の件を警察に任せて別の事を始めていたかもしれない。
しかし事実はこうなった。スーパーは爆破され、6人の死者が出た。最初にその場に駆けつけた警官であった馬込は日暮里スーパー爆破事件を追う事となり、爆破を仕掛けた若手は麻薬もろとも爆破させてしまうという失敗に至り、さらなるチャンスを探して麻薬を扱う真の犯人を追い求める事となった。狂わされた二人の7年間は戻ることのないまま、2008年の秋を迎えていた。
馬込:「いずれにしろ、わたしはあなたたちを捕まえなくてはならない。それがわたしの使命なんです」
金子:「協力はしてもらえないという事ですか?」
馬込:少し悩んでから、「麻薬の犯人が見つかるまでは手伝いましょう。しかし、それで終りではない」
金子:「わたしたちを捕まえるつもりですね」
馬込:「取引なんてしたくないんです。本当は単純にわたしは犯人を捕まえたいだけなんです」
金子:「わたしも同じです。わたしもただ麻薬がなくなればいいと思っているだけです。
今回の件が終りましたら、わたしの知る限りを全て、あなたにお伝えします。
若手さんたちがどうするかはわたしにはわかりませんが、わたしはあなたに約束しますよ。
この件が済みましたら、わたしはあなたに協力します」
馬込:「それではまず、彼らはどこにいるか、教えてもらえますか?」
金子:「彼らは、伊豆にいる。若手の叔父がやっていた工場の跡地に彼らはいます。
しかし、今は近づけません。彼らは警察の者に囲まれています。
近づく事は、とても危険なんです。信じてもらえますか?」
馬込:「ええ、だいたいわかってますから」
馬込は自分の中で一皮向けた気がしていた。焦りや不安が急に減った気がした。謎が解け、犯人を理解してしまった今となっては焦っても仕方ない気がした。後は捕まえるだけ、というはっきりした答えが馬込にかつてない余裕をもたらせていた。
45話へ続く。