41. 続・馬込の新捜査
馬込純平(まごめじゅんぺい)元警部補は、日暮里スーパー爆破事件で亡くなった被害者、田山夫妻の家に中本龍平(上野響の偽名)のアルバムがあった理由を理解できないまま、考えに考え続ける毎日を送っていた。
馬込は上野響の住むマンションの前で、中本龍平(上野響)を待った。
(ここからは全て名を響に統一する)
しかし3日経っても馬込が響の姿を目にするが出来なかった。どれだけ集中力のない馬込でも、さすがに3日待てば一度は会えると思っていたがそうはいかない。響は一向に現れる気配がない。
4日目に馬込は響に連れてこられた居酒屋に行ってみる事とした。一日中、響のマンションの前で待った夜の事だった。
「いらっしゃい!」
居酒屋ふくちゃんと書かれた暖簾(のれん)を潜(くぐ)ると女将(おかみ)は元気よく馬込に挨拶をしてきた。店は見渡す限り満員で賑わっていた。狭い店ではあるが、20人程度は入れる。その全てがほぼ埋まっている。
「ごめんなさい。今日はいっぱいなのよ。また今度よろしくね」と、女将は馬込に言った。
その女将、ふくちゃんは馬込という人物の存在を覚えていないようだった。馬込としても2度ほど連れてこられただけの場所なので、それは当然の事だと思っていた。でも馬込はそう簡単にここを引き下がるわけにはいかなかった。謎があまりに多く、このまま諦(あきら)めて、明日に引き延ばせるような落ち着きはなかった。
「すみません。そこの席でいいんで座らせてもらえませんか?」
そこはカウンターの一番端っこで、前には焼酎の一升瓶が何本か置かれている。
[お一人?」と、ふくちゃんは馬込に尋ねる。
「ええ」と、馬込は答える。
「ごめんね。式羽(しきば)君。隣いい?」
「ああ、いいですよ」
そんなわけで、馬込はなんとかその席に入り込んだ。
しかしそれからどうしていいかわからなかった。女将は忙しそうだし、アルバイトの女の子二人もせわしく動いている。響について聞きたい馬込だが、チャンスが見当たらない。
由佳は混んでいる居酒屋で、母親の手伝いをしてバイトをしているが気持ちはあまり乗らない。土曜は友人の夏子が手伝ってくれているが、由佳も楽ではない。せわしく動かされるのはいいが、いつもいるはずの響がいないので心はもうこんな母親の手伝いなんてしたくないと思っている。
(由佳の心の中)
『はああ、やる気しないなあ。つまらない。せっかくの3連休なのになんでこんな事しなきゃいけないんだろ?だいたい今時どうして時給650円で働いているの?この母親はいったい何なのだろ?それよりも何よりも、やっぱり響さんがいないのがショック(ノ◇≦。)どうして響さんの事をわたしはあのさくらから聞かなくでゃならないんだろ?さくらさんにはいなくなる事を伝えて、わたしには挨拶無しなんて、そんなの酷すぎる。やっぱしそういうことなのよね。どうせわたしなんて、つまらない女よ。このまま惨めに齢を取って、あの母親みたいにブクブク太ってここで一生働いてゆくのよ(由佳はまだ高校生ではあるが)』
ふくちゃん:「ゆかぁ~。お客さんの前を片付けて、注文聞いて」
カウンターの端に座る新しいお客さんのところへ行く。そして目の前の焼酎の一升瓶をカウンターの裏側に移す。それから客前の笑顔に変わり、注文を聞く。
由 佳 :「はい。飲み物、何にしますか?」
由佳はそう聞いたところでその客の顔を始めてみて思い出した。
『あれ、この人、いつか響きさんと飲んでいた人だ。 何しに来たんだろう?ひょっとして、響さんの事。何か知っているのかなあ?』
馬込 :「すみません。あの、その前に、お尋ねしたい事がありましてねえ」
由佳 :「はい?何でしょうか?」
馬込 :「中本龍平さん という方をご存知じゃないですか?」
由佳 :『中本?龍平?誰の話よ!』「いえ、聞いたことないですねえ」
馬込は慌てて、ビジネスかばんの中から一枚の写真を取り出す。
馬込 :「ああ、あの、これ、とても若い頃の写真なんですが、」
由佳はその写真を覗き込む。隣にいる式羽も気になって覗く。
由佳 :『かわいい(≡^∇^≡)。響さん、超若い。何か純粋な感じ!』
式羽 :「あれ、それ、響じゃねえか?」
由佳 :『どうして式羽さんが先に話しちゃうのよ(`ε´)』
馬込 :「響?この方は響さんというんですか?」
式羽 :「ああ、そうだなあ。そうかもね」
馬込 :「…」
かんさん:「しかし、その男はもうここには来ないな」
式羽の隣に座っていたかんさんが、何かを感じ取ったのか、馬込にそう伝える。
馬込 :「あの、その、響さんはここにもう来ないというのはどういうことでしょうか?」
かんさん:「そういう事じゃ。時の流れの中でそうなった。男は時として旅立たねばならぬ時もある。
響はその時を迎えたんだ。もう戻っては来ないだろう」
馬込はかんさんの事を回りくどいじいさんだと感じ、困り果てる。
そこで由佳が口を挟む。
由佳 :「とにかく、響さんはもうここには来ないから、って言い残して、ここには来なくなっちゃったの。
きっとどこかへ引っ越してしまったのよ」
馬込 :『逃げられた?でも何から、俺から逃げたのか?そんなわけはないはずだ』
と頭の中で考える。
ふくちゃんはそこで馬込の存在に気づき、その男が警官である事を思い出した。でも響が戻ってこない今となってはその男に何を知られようとどうでもいい事のように思えた。だから黙って話を聞いていた。
馬込 :「あの。彼について、何か知っていますか?それと、月島雅弘(通称まさ)という人の事を」
式羽 :「あれ?まささんの事も知ってるの?まささんはあれよ。
俺はこっちの店(親指を人差し指と中指の間から出して)をやっているだけどさ、
まささんはよく遊びに来てくれてね。響はそのまささんと一緒に暮らしていたんだ。
まささんは去年何に悩んでたか知らねえが、自殺してしまったがね」
馬込 :「一緒に暮らしていた?月島雅弘と響さんが?」
式羽 :「ああ、よくは知らないけどさ。
中学生くらいの時に家出してきた響をまささんが預かったって話だぜ。
あまり言わないほうがいい話か。と思うと響は家に帰ったのかもな」
馬込 :「響さんの実家はどこで?」
式羽 :「さあな。響は昔話なんて一切しなかったからな。今はどこにいるかわかんねえよ」
馬込は、『とすると響という男は日暮里スーパー爆破事件以後に田山夫妻の家から抜け出したのか、まさ(月島雅弘)に連れられていったのか』だと推測した。それは新しい推測だった。しかし、それがいったい日暮里スーパー爆破事件の犯人とどう繋がってくるのかまでは、馬込にはわからなかった。
「わかりました。ありがとうございます」
馬込はそう言って、居酒屋『ふくちゃん』をおいとましようとした。
「待ちなさい。一杯くらい飲んで行きなさい」
そう言われて、馬込は立ち上がった席に戻り、生ビールを一杯頂いた。そしてゆっくり飲む中で、最近ギター弾きの歌い人が来なくなった事も聞いた。
「最近、あいつも見ないんだよねえ」と、式羽言って、「何か、ここも寂しくなっちゃったね」と、とっちゃんが答えた。
馬込は店を出た。
そして先日ここに来た後、歌い人と言っていたギター弾きの家で見た夢を思い出していた。その夢の中で、謎の男は市谷に電話するように言っていた。
馬込はふとそのことを思い出し、慌てて電話してみた。
「は~い、市谷です」
市谷の家に電話すると、出たのは市谷の奥さんだった。何度か会ったことはあるが、とても美しい人だった。
「あの、馬込です。市谷さんはいますか?」
「ええ、ちょっと待ってね。はじめさーん。電話よ」
そんな家庭の香りのする声がする。馬込の殺伐していた心は不思議と少し安らぐ。
市谷:「もしもし、馬込君だね。君からの電話を待っていた。君が警官を辞めたことも知ってる。
いろいろな事を僕は知っている」
馬込:「すみません。市谷さん。約束守れなくて(市谷は馬込に警官を辞めないようにと願った)」
市谷:「いや、いいんだ。それはそれで。
ただその時に話をした辞めてしまった先輩(若手)から電話があった。
彼からの話を基に僕は数日間いろいろと調べた。それからわかった事がある。
君と話をしなければならない」
馬込:「どういう事ですか?」
市谷:「詳しい事は明日説明する。明日は空いているかな?」
馬込:「ええ、僕はいつでも大丈夫です」
市谷:「そうしたら明日、池袋で会おう。夢見警部も一緒だ」
馬込:「夢見警部?どうしてですか?」
市谷:「いろいろと説明したい事がある。君の望む日暮里スーパー爆破事件に関する事だよ」
馬込:「どうして、未処(未然処理班)があの事件の事を?」
市谷:「全部は明日だ。いいかな?」
馬込はその事に「はい」としか答えられなかった。そして電話は切れた。事件は真相へと向っていた。
42話へ続く。