40. 迫り来る時の中で | 小説と未来

40. 迫り来る時の中で

 伊豆の廃工場には、ミシンのある作業部屋、布がたくさんある材料室、布を裂くための機械がある裁断室、従業員が食事をしていた食堂、空調や電気の配線等がある機械室の主に5部屋がある。

 そしてその建物に篭城(ろうじょう)する各々は、各々の場所を自分の部屋とし、各々に生活していた。

 睦美(むつみ)木島(きじま)は、裁断室の機械に隠れた端っこを部屋として、二人揃って暮らしていた。夜になり、大きな布に包(くる)まり、一緒に寝ていた。


睦美:「静かな夜だね」


木島:「外は晴れているみたいだね。くもり窓に月が映っているよ」


睦美:「この後、わたしたちはどうなるんだろう?」


木島:「僕には想像もつかないよ」


睦美:「想像できない未来って恐いね


木島:「なら想像すればいい。僕らの未来がどうなるかを、幸せをイメージすればいい」


睦美:「ここから抜け出して、何もかも忘れて、幸せになれたらいいね。

    普通のお家で、普通に暮らすの。近所の皆と仲良くしながら


木島:「僕は世の中の人間を、酷く妬(ねた)んでいるのかもしれない。

    やっぱし普通の平和は望めない。世の中のふざけた奴らと一緒には暮らせない。

    だからこうなった。睦美を巻き込んでしまってごめんよ


睦美はそれを否定する。

わたしはイメージとしてだけ、平和な未来をイメージをしただけ。人はそんなに美しい心を持っていない。ここを出ても、わたしたちのような人間に、そんな平和な未来は与えられない


木島:「だとしたら、どんな未来が?


睦美:「だから想像つかない未来


木島:「それでも僕は君の傍にいるよ


睦美:「そうね。それだけは約束よ



 作業部屋の隅、パーテーションに仕切られている机が並ぶ事務所側の部分で、若手は生活をしていた。そしてそこには上野響も一緒にいた。二人は事務用の椅子に座り、コーヒーを飲みながら時を送っていた。


若手:「君とは二人で話さなくてはならないと思っていた。周りを包囲されているだろう?

    これは俺の望んだことなんだ。そうすればもう君はどこにも行けないからね」


響 :「俺はどこにも行き場なんてない。存在理由も、存在価値もない。何でも構わない」


若手:「人として、君の思うところの人としての価値はそれでもいい。でも俺とっては君が必要だ。

    なぜなら君は俺が追い求めている光と闇の支配者を知っている。

    俺はその人物が知りたい。ただそれだけだ」


響 :「…」


若手:「どうした?こういう状況だ。もう話してくれてもいいんじゃないのか?

    それとも君には捨てられない何かがあるのか。そうでなければ話してくれてもいいはずだ」


 響は話を拒む理由が自分でもわからなかった。話してしまえばいい事だ。そうすれば、この男(若手)が嶋咲枝をこの廃工場に呼び寄せ、響にはもう一度、嶋咲枝を殺せるチャンスが来るかもしれないからだ。

 話さないのは信頼の問題かもしれない。話す事によって、この男(若手)が何をし出すかわからない。場合によっては不要になった自分を殺すかもしれない。そういった意味で、響は本能的に自分を守っているだけなのかもしれない。

 若手はもちろん響を殺す気などない。若手のシナリオはこうだ。

『上野響から(麻薬を売りさばく)支配者の名前を聞き、馬込(元警部補)を使い、その人物に接触させる。そして麻薬を扱っていることを問い詰める。一方で警視庁内を調べている市谷を使う。市谷に警視庁内の捜査を進めさせ、麻薬密売の件に関して警視庁の人物が関わっている事を発見させる。(麻薬を売りさばく)支配者には警視庁の関係者の名前を伝え、すでに全てがばれている事を伝える。警視庁内の関係者にはその逆を伝える。そうやって追い込んでゆく。簡単には自白しないだろうから、若手はさらに警察内にいた頃の頼りになる人物に繋ぎ、二者を追い込んでゆく』

 それがシナリオだ。それでも上野響がその人物の名を明かさない事にはこの計画は進まない。上野は未だ口を開かない。時は刻々と迫っている。

 SAT(特殊急襲部隊)が突破口を見つけ出し、攻め込んでくるのもそろそろ時間の問題かもしれない。若手の想定では彼らはそろそろ攻め込んでくる。そう考えると時間は明らかに迫っていた。若手にも僅かな焦りが出てきていた。



 その日の昼間、市谷警備部の石間(いしま)部長に電話を掛けていた。


市谷:「石間部長。実はよくない噂を聞いてしまいましたのでお伝えしなければなりません」


石間:「ああ、未処の市谷君だね。何か大きな事件にでも発展しそうな事かね」


市谷:「いや、すでに事件は起こっているんです


石間:「どこでどんな事件が、かな?」


市谷:「むしろそれをわたしが聞きたいと思いまして。

    実は、噂と言うのは、あなたの部隊がすでに動いているという事でして


石間:「おもしろい事を言うね。事件は確かにそこらじゅうで起きているよ。

    それは何もいちいち警視庁全体に流さなくてはならない情報ではないだろう。

    わたしの所に電話してくるのなら、もう少しまともな手に追えないくらいの事件を持ってくるんだね。

    そうすれば君の部署ももう少し評判もよくなるだろうよ」


市谷:「どうしてSATを動かしているのですか?しかも管轄外に、勝手に動いているそうで。

    麻薬に関わる事件だとの噂ですが


石間:「おほん」


市谷:「どうかされましたか?聞こえませんでしたか?石間部長。麻薬に関する件だと」


石間:「こういう事をいうのも何だが、彼らは特殊な部隊だ。

    公(おおやけ)にならないように動くのが必要な場合もある。

    世の中のルールに沿ってやっているだけではうまくいかない事もあるのだよ。

    君も上に行きたいのなら、その事を重々承知でやったほうがいいかと思うがね」


市谷:「とにかくわたしはその件に関して知りたいんです。

    SATを動かしたのはどこからの命令ですか?


石間:「SATの全権はわたしにある。まさか警視総監が直々に動かしたわけでもあるまい」


市谷:「そうですか。では、この件に関しましてはあなたが動かしていると考えてよろしいでしょうか?」


石間:「何が言いたいかわからんが、君ももう少し利口になったほうがいい。

    君が何かを知ろうとしても構わないが、自分の程度を知っておく事だね。

    わたしは忙しいので、この電話を切らせてもらうよ」


 そして電話は切れた。

 市谷は若手が追っている人物が石間である事を確信した。石間は自分で認めていた。

 しかしそれを市谷が知ったところでどうする事もできそうになかった。市谷の言葉を信頼し、動いてくれるものは皆下の者ばかりだったからだ。下からどれだけ責めても上の者に打ち消される。それが庁内のルールのようなものだった。その上情報が少ない。石間はその事を知っている。だから自分が何を認めたところで自分の身が安泰(あんたい)な事を承知して認めていた。

 市谷には若手からの二度目の電話を待つしかなかった。全ての事件の真相を明らかにし、結論付けるにはまだまだ時間がかかりそうだ。


41話へ続く