37. 廃工場
響が連れてこられた場所は、若手旋斗(わかてせんと)のおじが所有する工場だった。
所有するといっても、現在は廃工場となっていて、使われていない。おじは工場を諦めて、現在は東京で中国人相手にブローカーの仕事をしている。工場は2年前に閉鎖し、一時はIT関連の業者が温泉施設を開くために買い取ることとなっていたが、工場の解体費をどちらが払うかという点で揉め、結局IT企業の業績が悪くなったために、買い取り手のないまま野放しにされているというのが現状である。だから所有権も現在はまだ若手のおじにある。
工場の中は今も工場をやっていた時のままで、たくさんのミシンや布を裁(た)つための機械が置かれたままになっている。古い布もそのまま残っていて、今も服を作ろうとすれば作れなくもない。
若手は数ヶ月前よりこの廃工場に来て、今後の様々な可能性が起きた際の拠点(きょてん)として準備を進めていた。そして本日その日となったわけである。
廃工場にはすでに若手を中心とする仲間たちが集結し、今後に向けての準備を進めていた。
この集団は麻薬に対するテロ的活動をする数人の集団である。メンバーは皆、麻薬に対して何らかの恨みを持っているものの集まりである。
メンバーは以下の通りだ。
若手旋斗:リーダー 年齢 30代後半 鋭い目と細身の体が特徴
この組織を集めた中心的存在で、もともとは刑事として麻薬捜査をしていた。
警察組織に不信を感じ、自ら独自の捜査をするために組織を立ち上げた。
木島(きじま):補佐的役割 年齢 34歳 四角い顔立ちと四角い体が特徴
若手が幼い頃、孤児院で育った時の友達。
若手の誘いで加わった。若手がいない時に皆をまとめる副リーダー的存在。
倉本(くらもと):若きリーダー 年齢28歳 小さい体に鍛えた筋肉が特徴
若手が刑事の時に、街で捕まった不良。
若手に逆らうが、意思と意見をしっかり持っている、熱い男
金原(かなはら):化学・メカ担当 年齢31歳 眼鏡っこの女の子
国立大理系卒のエリート。化学に詳しく、ネットなどでさらに爆弾や毒薬なども研究。
危険なものを作るのに長けていて、倉本の紹介で加わった。
睦美(むつみ):世話役 年齢28歳 色白で華奢な体の女性
孤児院が一緒で、木島の誘いに誘いによって加わった。木島の恋人でもある。
おとなしく、人の世話をするのに徹する。
桑野(くわの):情報屋 年齢 29歳 丸い顔でちょこちょこ動くのが特徴
若手が刑事の時に、街で捕まった麻薬中毒者。
回復後、若手にいろいろな裏事情を教えてくれた若手には欠かせない情報マン。
金子(かねこ):料理長 年齢 43歳 にこやかな顔と細い体が特徴
若手が警官時代に知り合った麻薬被害者。後の誘いによって仲間となる。
普段は江東区で中華料理店を営む。隠れた名店で、組織の資金源にもなっている。
小菅(こすげ):役なし 年齢25歳 坊主に笑い顔が特徴
若干頭が弱い。孤児院を出て、行き場のなかった彼を睦美が連れてきた。
桐平(きりひら):役なし 年齢22歳 黒髪の艶やかな美少年
物静かな男である。親が薬で捕まった際にはぐれた少年。
桑野が連れてきて、若手が預かる形となった。
柏木守(かしきまもる):まさの見張り役だった。 年齢28歳 フォークギターを片手に持つ男
歌い人として登場する彼だが、実は若手の仲間。
若手とは組織が出来てから出会った。若手にとっては最も関連性の薄い仲間である。
廃工場内には金子以外のメンバーは全員揃っていた。
メンバーは上野響の事を歓迎しなかった。正しくは上野響の持ってきたぶつを歓迎しなかった。
倉本は、若手に訴えた。
「俺たちがそいつの仲間だと思われるのが落ちだぜ。そうやって世の中は弱い者を陥(おとしい)れるんだ」
でも若手は笑みを作って返した。
「何、一時的な事さ。そのトランクにはきっと場所を示す探知機が付いている。彼らはきっとそれを取り返しにやってくるさ」
若手は最初からその事を予想していた。ぶつが手に入ればそうなると。
しかし若手にとっては本来、上野響さえ味方になってくれればよかった。そうなれば口封じのために上野響を捕まえるか殺すために彼ら(麻薬の組織の者)はやってくると想定できたからだ。
ただぶつがあり、探知機があれば話は早い。おびき寄せなくても彼らは自然にやってくるだろうと、若手は想像した。
ところが若手の想像に反して、彼らはやってはこなかった。日曜・月曜とその場で待った。
廃工場は締め切り、簡単には開かない仕組みになっている。化学担当の金原がいろいろな爆弾を仕掛け、入ると同時に大変な目に合うこととなっている。その他簡単ではあるが、強力なエアガンなどの武器は持っていた。食料も1か月分は買い貯めし、準備は十分に整っていた。
火曜となる翌日、若手は金原にトランクを開けるよう指示をした。
中には探知機が入っているはずだし、ぶつ(麻薬)も入っているはずだ。その事を確認しようとした。
ところが金原でもそのトランクを開けることはできなかった。トランクには特定の人間だけに反応する認知システムが付いていたし、とても重厚で切り裂いてあけるようなものではなかった。出来るとしたら、全てを爆破させてしまうしかなかったが、それは中身ごと爆破してしまう可能性が高かった。
しかし金原はパソコンを持ってきて、何かを打ち込み、中に探知機が入っている事の確認には成功した。金原のパソコンには地図が映し出され、それは伊豆半島にある現在のアジト付近を示していた。
「じゃあ、やつらが出てこないのはなぜかな?」
いつも比較的中立的な立場を取る木島は若手に尋ねた。
「なるほどね」と、若手は言った。「得体の知れない相手には簡単には近づかないという事か。という事はやつらは光の方向から攻め込んでくる。倉本が言っていたこともまんざら外れてはいないかもしれないな。やつらは警察組織などを上手く使い、俺たちを包囲しながら追い詰めていこうとしているのかもしれない」
それは最悪の事態に思えた。しかし若手は焦ってはいなかった。それもまた想定した範囲内なのだ。
一方、斉藤はその廃工場の近くまで来ていた。しかしその工場には近づかず、様子を窺っていた。
さらに木崎は一度、嶋咲枝の下に戻り、今回の件を報告していた。
「申し訳ありません。こんな結果になるとは思ってもみませんでした。どんな処分も受けます。あなたのおっしゃるとおりにしてください」
「あら、いやねえ」と、嶋咲枝は答える。「そういうんじゃなくてもいいのよ。あれはもう諦めましょう」
木崎:「しかし、それでは莫大な損出となりますし、組の者(麻薬の受け取る側)にも説明が付きません。
非があるのは完全にこちらなのですから。あのぼうず(響)が裏切ったとなるとどうなるか、
あいつはあなたの事を恨んでいましたから、これからどういう手に出てくるのか」
嶋 :「弱気ねえ。立場を考えなさい。誰が立場的に上なのかを、ね。
私が恨まれているのは今に始まった事じゃないわ。
私はいろいろと前々から恨み妬(ねた)まれている。
でも私を利用しようとしている人間も、この世にはたくさんいるわよね。
全て諦めてしまえばいいのよ。そうすれば新しい味方がこちらには付くわ。
組の者は慌てて対策をとってこちらに近寄ってくるでしょう」
木崎:「では」
嶋 :「深追いする必要はないのよ。焦れば焦るだけ、墓穴を掘る事になるだけよ。
もともと何が起きても大丈夫なような仕組みになっているの。
あの坊や(響の事)を放っておいても害はないわ。あなたももう帰りなさい」
木崎:「しかし、このままでは」
嶋 :「あなたがこれ以上動くほうが余計に危険なのよ。
手は他にも打つからあなたは気にしなくていいわ。後は私に任せなさい」
嶋の企み、若手の想定。すでに争いは水面下で始められていた。
響は何も想像できないまま、ただその争いを見守ることしかできそうになかった。
第7章スタート
38話へ続く。