23. 日暮里スーパー爆破事件 | 小説と未来

23. 日暮里スーパー爆破事件

 その日、月島雅弘(つきしままさひろ=通称まさ)は銚子港まで魚(漁師が運んだ白い粉)まで取りに行き、日暮里のスーパーへと向かった。五月晴れ(さつきばれ)の一日だった。


 まさにとっては低収入の仕事だった。それでも1tトラックは手配せずとも依頼者が貸し出してくれたし、スーパーに魚を届けたら近くの月極(つきぎめ)駐車場にトラックを乗り捨てておけばいいだけの楽な仕事だったので承諾(しょうだく)した。


 狭い路地にあるスーパーに着いたのは午前11時だった。裏の搬入口に回り、トラックを付けた。


 車から降りると、笑顔を浮かべる眼鏡を掛けた男が近づいてきた。胸に『店員 松嶋』という名札を付けていた。まさはその名札を確認すると、男に声を掛けた。

「こんちは、取れたての、活きのいいのを持ってきたよ」

「ありがとうございます。ちょっと待ってください」

 男は優しい声で答えて、遠くから台車を持ってきた。

「これで乗りますかねえ」

「ああ、一箱だけだからね」

 まさはそう答えて、トラックの後ろを開け、中から白い発泡スチロールの箱を取り出し、その台車の上に置いた。トラックの中には他に何も入っていなかった。

「ああ、これ、サイン」

 まさはそう言って、納品書を渡した。男は受け取り、それにサインをした。

「それから、これを」

 眼鏡の男はそう言って、厚手のエプロンのポケットに入っていた封筒をまさに渡した。

 まさは中身を確認し、(万札の束に)にこりと笑って、「それじゃあ、どうも」と挨拶をした。



 松嶋(眼鏡を掛けたスーパーの店員)は白い発泡スチロールの乗った台車をスーパーの倉庫へと運んだ。トラックが去っていくのを確認し、倉庫とスーパーの店内とが繋がっているドアの前までそれを運ぶと、中身を開いた。中にはスポーツバックが入っていた。そしてそのジッパーを開くと、中には白い粉がつめられていた。松嶋はジッパーをすぐさま閉めて、小さな南京錠で鍵を掛けた。

「まつしまさ~ん」

 遠くで誰かが松嶋を呼ぶ声がした。アルバイトの木村の声だ。大学を卒業して就職せずにフリーターをしている柔(やわ)な男だ。

 松嶋は面倒に思ったが、舌打ちをして、木村の方へと向かった。木村は倉庫の中の生活用品が置かれた場所で、柵に囲まれた大きな台車を動かせずに困っていたのだ。白い発泡スチロールの箱からは少し離れ、店内とを結ぶ別の扉がある場所で、松嶋は木村を手伝って、大きな台車の置き場を移動させた。

「すみません。奥にあるサランラップが取れなくて。どこかのおばさんが大量に買い込んで、なくなっちゃったんですよ。急に」

 木村は松嶋にそう説明をした。松嶋は汗一つ流さずに、クールに微笑んで、「そう、しかたないねえ」と答えた。


 田山夫妻は午前のうちに買い物を済まそうと、スーパーへ来ていた。久々に夫婦揃っての買い物だった。魚売り場のコーナーで買い物をしていた。近くでは『アルバイト 小野』という名札を付けた女性が二段の台車に乗せた刺身を陳列クーラーに並べていた。

「今日は刺身にしようかねえ」

 妻のさゆりは夫にそう訊ねた。

「ああ、最近食べてないなあ」と夫は答えた。

 店内にはまだそれ程の客はいなかった。午前中はだいたいそんなものだ。店員の小野は無愛想な女で、「いらっしゃいませ」も言わずに黙々と刺身を並べていた。


 倉庫には店員の松嶋とアルバイトの木村だけがいた。

「松嶋さん、何か他にやっておくことはありますか?」

「ああ、大丈夫だよ」と、松嶋はにこやかに答えた。

 そして松嶋は先ほどの発泡スチロールの方へと向かった。その場にそれは無事に置かれていた。それは今日一日、冷凍庫の一番奥に保管しておき、夜になったら、ある場所でばら撒く事になっていた代物だ。

 木村はこの後の作業が気になって、一度は陳列棚にサランラップを並べに行こうとしたが、松嶋の側へやってきていた。松嶋は少しドキッとした。

「松嶋さん、サランラップの後はどうします?(何か他に仕事あります?)」

「いや、とりあえず、並べておいで。その後は、倉庫を少し整理してもらうよ」と松嶋は答えた。

 そして発泡スチロールの置かれた台車を動かした。プチっと何かの音がした。嫌な予感が松嶋の脳裏によぎった。しかし何もかもが遅かった。それが引き金だったのだ。


 地響きのような大きな音がどこからともなく響いてきた。

 近くでパトロールと称した買出しに出掛けていた警察官の馬込(馬込)はその音にただならぬ嫌な予感を受けた。とても近い場所のようだった。すでに足はその方向へ走り出していた。

 突然、黒い煙がモクモクと立ち昇ってくるのが見えた。大通りから路地に入り、走って駆けつけると、スーパーの中から何人もの客が駆け出てきていた。辺りを火災ベルの音が鳴り響いていた。


 馬込は心臓をばくばくさせながら、出てきた若いアルバイトに訊ねた。

「どうしたんですか?」

 アルバイトの女は目を丸くして、若干放心状態にあるようだった。馬込は警察手帳を見せ「警察です」女に自分の身分を説明した。

 女はスーパーの中を指差して、「あの、急にドカンと音がして、それで爆風が」

 馬込はそれを聞くと、警察に応援の電話を掛けた。すでに救急車や消防車はその場へと向かっている様子だった。

 消防車が何台も狭い路地に入り込み、救急車もやってきた消火活動が行われ、やがて負傷者が運び出された。

 馬込は辺りを見回した。たくさんの野次馬が駆けつけてきていて、辺りは騒然としていた。野次馬たちが何事かとスーパーの方を覗き込む中、嫌な笑みを浮かべる一人の男が馬込の目に付いた。いかつい顔をした男だった。男は不適(ふてき)な笑みを何度か馬込に見せると、その場から離れていった。馬込はその男を追おうとしたが携帯に別の連絡が入った。状況を確認したいという先輩警官からの電話だった。


 まさはとんでもないことが起こったなと思いながらも不思議と笑いが止まらなかった。何かがおかしくておかしくて仕方がなかった。笑いながらスーパーから少し離れた住宅街の隅で、突っ立って不思議な状況を眺めていた。

 時間くらいが過ぎただろうか。辺りはマスコミなどが駆けつけ、より一層騒がしくなっていた。まさはそろそろ帰ろうかと家路へと足を歩み出した。一人の少年が急に駆けて来て、まさにぶつかり路上にしりもちを付いた。顔は少年ではあるが、身長はまさよりも大きかった。ひょろひょろしていて、おどおどとしていた。そして何よりも不思議な事に靴を履いていなかった。


「どうした、ぼうず。どこから来た」と、まさは気さくに訊ねた。

 少年は答えなかった。

 まさは無視して行こうとした。

「何かあったの?」と少年はまさに声を掛けた。

「ああ、スーパーが爆発したんだ」

と、まさは少年に教えてあげた。

 そしてまさは少年の方に再び体を寄せ、倒れている少年に顔を近づけた。

「変なガキだな。今頃駆けつけてくるし、ぶつかっても謝りもしないか」

 少年は外国から来たばかりの留学生のように、まさの言葉を読み取ろうとしているようだった。

「急に行き場がなくなったんだ。どうしたらいいだろう」

と、少年はまさの顔をのぞき返してそう言った。

 まさは大いにでかい声で笑った。

「ほんと、変な事言うガキだな。いいや、俺について来い」

 少し間をおいて

「いいですか?」

と、少年が答える。

 まさは頷いた。

『今日は変な一日だな』

 付いてくる裸足の少年を見ながら、まさは思った。本当に変な一日だった。


 そしてまさはその少年を『上野響』と名づけた。まさはその少年をそれから6年間世話する事となる。ある五月の晴れた一日だった。


 なお、この話に出てくるスーパーの店員は全員、この事故で死亡する。

 日暮里スーパー爆破事件による死者5名、負傷者15名(負傷者は全員軽傷)。


死亡者の氏名

 松嶋康孝(まつしまやすたか) 37歳 男性=店員 既婚 妻一人 子供 娘が一人

 木村誠也(きむらせいや) 23歳 男性=アルバイト 未婚 両親と同居 弟と妹が一人ずつ

 小野さやか(おのさやか) 34歳 女性=アルバイト 未婚 両親と同居 妹=結婚

 田山さゆり(たやまさゆり) 60歳 女性=客 田山誠一郎の妻 子供なし

 田山誠一郎(たやませいいちろう) 73歳 男性=客 田山さゆりの夫 子供なし


 7年前に起きたこの事件の犯人は未だ捕まっていない。事件後、爆弾装置が見つかったため、何者かが爆弾を仕掛けた事はわかっている。動機は不明。スーパーへの恨み、死亡した被害者個人への恨みから調査を進めているが、警察は未だにその起因をつかめていない。この事故での犠牲者松嶋、田山夫妻は周囲の評判から事件の未関係であるとされ、大学を卒業して就職せずにいた木村と、婚期を逃して未だ独身の小野への何らかの恨みある犯行との考えが主流となり、警察による捜査が行われた。その後何人かの容疑者を絞り込まれたが、全ての容疑者に爆弾を仕掛けた証拠が特定できないまま、決定的な証拠は何一つつかめていない。事件の真相は未だ謎のままである。


 以上、23話。

 24話へ続く(現在へ戻る)