20.帰れる場所がある | 小説と未来

20.帰れる場所がある

 響が居酒屋『ふくちゃん』で飲んでいると、式羽(しきば)が話しかけてきた。


 式羽は風俗店経営者である。以前、響とナンパに出かける話で出てきた。

 まずは居酒屋『ふくちゃん』での話になる。


式羽 :「どうなの?久々だな。最近元気?」


 響 :「まあ、それなり」


式羽 :「そう?それなり?どうなの?あっちは?いっとく?」


 ちょっとうざかった。


 響 :「いや、いいよ」


式羽 :「んん、なんて、ホントはたまってるんでしょ?なんか雰囲気出てるよ」


 ホントにうざいと思った。


  響 :「いや」


式羽 :「何、自分でこいてんの?いつも?コキコキ?」


 嫌な笑顔だ。

  響 :「そんなんじゃねえよ」


式羽 :「たまってんでしょ?それとも作った?これ」そう言って、式羽は小指を立てる。

     「あ、やっちゃった。さくらちゃん」


 響 :「んなわけねえだろ!」


式羽 :「ああ(納得)、じゃあ、由佳ちゃん(ふくちゃんの娘=女子高生)の方と?」


  響 :「んんなわけねえだろ!しねえよ!」


 他愛のない会話だ。イライラしていたが、響は思わず笑顔になってしまった。

 和みの時間だ。



 そんな日々がしばらく続いた。

 翌日も居酒屋『ふくちゃん』へと飲みに行き、かんさんと話した。話したというか、ほとんど説教だった。

 そして、さくらが迎えに来て、一緒にかんさんを家まで送り届けた。


かんさん:「何か変わったか?」


  響  :「特になにも」


かんさん:「そうか、つまらんな」


 さくら :「おじいちゃん!」


 はさくらの顔をちらっと見る。

 可愛い。久々にじっと見たら、やはり可愛い。響はちょっとでれっとする。さくらもその視線を感じたのか、若干照れているようだった。響の中に至らない想像が広がる。

 あんな事やこんな事、そしてそんな事まで( ̄ー ̄)。


かんさん:「おい!聞いてんのか、響!


  響  :「は!」『何を考えているんだ、俺は』


 さくらがくすくすと笑っていた。


 かんさんを送り届けて、まっすぐ家に帰ると、木崎が響の事を待っていた。

 響は木崎を家の中に入れた。前回の嶋咲枝殺害未遂の時に車で別れて以来だったからとても重苦しい空気になった。


「今日は仕事じゃない。話がある。このマンションの管理人から聞いたんだが、最近変な奴がマンションの前をうろちょろしているそうだ。何を探ってるのかわからんが、まあ気をつけろって話だ」

 響にはその人物に覚えがあった。まさの事を探っている馬込(まごめ)警部補だ。ここ1週間はあっていないが、まだうろちょろしていたのかと、響は思い返した。

 でも響は彼の存在を知っている事については木崎に黙っておくこととした。

「それから、俺はおまえを許してここにいるわけじゃない。仕事だから仕方なくここに来た。あの方(嶋咲枝=ボス)はおまえなんて大したことないと思っているのだろう。おまえなんかに自分が殺(や)られるわけがないという自信がおありなんだろう。あの方がそう思うのならそうだろう。おまえごときにあの方が殺(や)られるわけがない。だがな、あの方の身を守るのが俺の仕事だ。あの方が危険に晒(さら)される要因があるのなら、俺は排除したい」

 エアコンの効いていない地下の一室は熱気で満ちていた。どうなろうというのか、危険な静寂(せいじゃく)が訪れて、響は体の筋肉を強張(こわば)らせた。

「だがな、俺はあの方の部下としておまえを勝手に消す事はできないその言葉に危機は回避される。次に何かしてみろ!その時は、ただじゃ済まないと思え。手加減はないしだ。確実におまえを仕留めてやる。それだけは覚えておけ」

 木崎はとても饒舌(じょうぜつ)にそこまで話し尽くした。響が木崎に初めて会ってから、この数年間でもっとも長く話した気がした。



 1週間は瞬く間に過ぎていった。

 響は木崎の言葉に関係なく、彼が帰った後の日も、いかにして嶋咲枝を殺害するかを考えていた。

 ガラステーブルの上に2枚の紙を並べてみた。一枚先日会った前野正というフリーライターの名刺、もう一枚は嶋咲枝殺しの依頼人斉藤に渡された携帯電話番号が書かれたメモ紙だ。響は拳銃を木崎に奪われた事を少なからず気にしていた。斉藤にどう説明すればいいかを考えると、斉藤に合わせる顔がなかった。会わないだけでなく、できればもう彼にはもう2度と会いたくなかった。報酬(ほうしゅう)等はどうでもよく、響はただ嶋咲枝が殺せれさえできればそれでよかった。斉藤にはもう会いたくなかった。

 もう一方の紙、前野正の名刺だ。しかし彼に電話したところでいったい何が生まれるのかは想像つかない。結局いい案は浮かんできそうになかった。


 長い間、ぼぅっと過ごしていた。いつもの事だが、いつもよりも長い退屈な時間だった。

 響は先日、かんさんと飲んだときに言われた説教の言葉を思い返していた。

誰かに何かをどんなに望んでも、期待に応えてくれる者などはいない。神でさえどんなに祈りを捧(ささ)げても願いを叶(かな)えてくれはしない。相手に期待などするな。ただ自分がそうしたいと望むだけ望めばいい。相手は期待に応えてはくれぬだろう。そこにはたくさんのがあるたくさんのだが、得られるもある。期待はするな。ただ望むように、やりたいようにやる事だけだ」

 長い説教の中の一節(いっせつ)にしか過ぎなかったが、その一節は不思議と響の脳に残っていた。

 どうしたいのか?その事を黙想(もくそう)する。答えはすぐには出てきてくれそうにない。


20話終了。