17.時はいつものように流れる | 小説と未来

17.時はいつものように流れる

 7月22日、木崎はやってきた。

 いつものように、彼は響の住む地下の部屋の入口で待っていた。まだ真昼だった。


 響が部屋のドアを開けると、体格のいい体を縮めて、木崎は部屋の中に入ってきた。暑そうなスーツ姿だった。


「今度はここだ」

 木崎は何の前触れのなく、響にそう告げると、いつもの封筒を2枚渡した。

 響はいつものように封筒の中に入っている金を確認して頷いた。木崎はそれを確認すると、すぐに部屋を出て行こうとした。


「ちょっと待ってくれ」と、響は木崎を引きとめた。

 今まで一度もそんな事をされた覚えのない木崎は意味もなく笑顔を浮かべた。

「何だ?何かあるか?」


 少し間を置いて、響は口を開く。

「ボスに会いたい」

「…」 

 木崎は口を開かない。

「話したい事がある」と響は言う。

「ボスが誰だか、おまえは知っているのか?」

 響は強い目で木崎を見つめて頷いてみせる。

 少し考え込んだ後に、木崎は口を開く。

「まあ、いいだろう。だか、あの方は忙しい方だ。いつになるかはわからない。用件があるのなら、俺に伝えたほうが話が早いがな」

「直接会って、話がしたい」

「…」

 木崎は響の顔を見つめるだけで答えない。

まささんもたまに会っていたはずだ」

 木崎は頷(うなず)く。

「あの人は特別だ」

「俺は駄目か?」

 木崎は少し、間を置いて答える。

「まあいいと言っただろう?伝えておいてやる」


 7月25日、一日中暑い一日だった。

 響は10時15分に家を出て、目的地に向かった。

 平日の午前、こんな麻薬の引渡しには穴場の時間だ。こういった時間の方が目立たない。人々が当り前に仕事をしている時間に仕事をする。飲酒運転も昼間じゃ目立たないし、空き巣も昼に行動する。目立たない犯罪はたいてい平日の昼間に行われる。

 場所は東京都葛飾区(かつしかく)。中川を上流域に向かっていたところまで、電車とバスを乗り継いで、響はそこまで向かった。いつもの学生風の格好をしていた。

 指定された場所には一時的に建てられたプレハブがあり、近くで河川の補修工事(ほしゅうこうじ)が行われていた。河川では工事が行われていたが、まだ昼前だったため、そのプレハブは静かだった。入口の扉に手を掛けると、扉は何の問題もなく開いた。

 中はひっそりと静かだった。作業員が休むための簡易なパイプ椅子とテーブルがいくつか並べられていて、奥の窓際に大きなブラウン管テレビが置かれていた。高いところにつけられた扇風機が回ったままになっていた。

 一人の作業服を着た男が給湯室からコーヒーを口に付けながら現れた。コーヒーを一口啜(すす)ると男は言った。

「あれか?」

 響は何も言わずにこくりと頷いた。

 男はコーヒーの入ったカップをテーブルの上に置くと、今度はロッカールームへと消えていった。1分後に顔を見せ、響に手招きをした。ロッカールームの入口にスーツケースが用意されていた。

「これか?」

 響は頷き、肩掛けかばんからいつもの封筒を男に渡した。

 作業服の男は封筒を開き、中にある札束をぺらぺらと軽く指でなぞって簡単に確認した。そしてその封筒をロッカーの中にしまいこんだ。

 男は戻ってきて、響に言った。

「面倒なところだろ?送っていってやろうか?」

 響は男に悪意がないのを感じ、素直に頷いた。

 プレハブの外に置かれていたカムリに乗って、響は最寄の駅まで連れて行かれた。そしてスーツケースを下ろし、何事もなく工事現場の男と別れ、その仕事を終えた。


 家に帰ったのは12時過ぎだった。

 響はお湯を沸かし、カープラーメンを啜った。それから眠くなったので昼寝をした。

 目が覚めたら、18時過ぎになっていた。

 再び外に出て、今度は近場のラーメン屋でこってりラーメンを食べた。

 家に戻って、シンハーを飲みながらボーっとしていた。


 木崎がやってきたのは21時過ぎだった。

 数日前と同様、暑苦しそうなスーツ姿をしていた。

 そしていつものように、スーツケースの鍵を開け、中身を確認し、それを閉じた。

「おつかれ」と言って、響に札束の入った成功報酬(ほうしゅう)を渡した。

 何も言わずに、スーツケースを持って出て行くのかと思ったところで、木崎は振り返った。

「運がいいな。あさっての夜、ここへ来い。あの方が会っていいと言っている。三日と待たずに会えるとは、運のいい奴だ」

 木崎はそう言って、投げ捨てるように一枚の紙切れを背を向けたまま、響に投げ渡した。響をそいつをしっかりと掴(つか)んだ。木崎はそれ以上何も言わず、響も何もいう事はなかった。

 扉が閉まり、響は一人残された。響もその突然の機会は予想していなかった。斉藤に電話するかどうか、考えたが、どうでもいい事だと思い、響は電話をするのを取りやめた。

 目を瞑り、気持ちを落ち着かせていた。後はその時が来るのを待つだけだと、響は自分に言い聞かせていた。


18話へ続く