14. 再依頼 | 小説と未来

14. 再依頼

 夢の中でも、響はさくらに会った。

 愛だの恋だのとは言いたくない。そんな感情など響は信じない。

 でも、夢の中で響は少しだけ遠くにいるさくらの姿に声を投げかけていた。

『君に逢いたいと思ったんだ。何の理由もなく、ただ君に逢いたかった』

 彼女は響の方を見つめて爽(さわ)やかな笑みを注いだ。

『どうしたんですか?急に。そんなに汗をかいて』

『走ってここまで来たんだ。君に逢いたいと思ったんだ。それでどうしようもなく、時間がなくて、とにかく君に会いたかった。今言える事はそれだけだ。もっと近づいてもいいか?』

『ええ、どうぞ。ご自由に』

 風景が生まれる。彼女は小さな木の橋の上にいて、日傘を差していた。太陽は燦燦(さんさん)と輝き、橋の下を流れる小川の水の音が涼やかに辺りへと響き渡っていた。

 響はさくらに近づこうとした。でもさくらはそこにはいなかった。もう跡形(あとかた)もなく消え去っていた。


概要

 上野響(うえのひびき)、20歳、麻薬の運び屋。美坂さくら(みさかさくら)、19歳、巫女。

 二人は互いの育ての親であるまさとかんさんにより繋がっている。

 最近はかんさん(さくらの祖父)をさくらが迎えに来るときに会う。

 響は大物女政治家(嶋咲枝)を消すという使命を負っている。

 さくらは巫女として、神社を支えてゆくという使命を負っている。

 互いは悪と正的な関係にありながら、微妙に似た境遇にあり、互いを意識している。

 この二人の関係がどうなるのか、そんなところから、本編は始まるのだが…


 (響は)目を覚ました。

 すでに夕方だった。

 響はいったい何時間寝たのかを考えた。

 疲れているわけでもないのに、とても長い時間寝ていた。

 そしてたくさんの夢を見た。

 でもそのほとんどの夢を忘れてしまった。思い出そうとしても思い出せない。

 ただ一つ、さくらの夢は覚えていた。橋の上にいる彼女に会う必要があった。


 シャワーを浴びた。

 そして冷蔵庫の中にあったオレンジジュースを飲んだ。

 しばらく寝すぎたためにぼうっとしていた。

 ソファーにどかっと座り、もう少しだけ目が覚めるのを待った。


 今日はお気に入りの黒いシャツを着た。

 一番新しいジーンズも穿いた。 

『さあ出掛けよう』

 家の玄関を出る。

 地下から地上への階段を上る手前で気づく。

 誰かがやってくる気配がする。しかも地下への入口の鍵を開けようとしている。

 響の知る限り、それが出来るのは今のところ、嶋咲枝の部下の木崎か、嶋咲枝を殺す依頼をしてきた男である斉藤のどちらしかいないはずだった。

 扉はゆっくりと開いた。そこに立っていたのは斉藤だった。

 響は大きく溜息をついた。何かふと現実に戻されたかのような嫌な気分になった。


斉藤:「やあ、お出かけかい。すまないな。ちょっとだけ付き合ってくれよ」


響 :「何の用だ?」


斉藤:「立ち話もなんだ。中へ入ってもいいか?」


 響は諦めて斉藤を部屋の中に招きいれた。斉藤を二人掛けのソファーに座らせ、自分は一人掛けのソファーに腰を下ろした。


響 :「この前はすまなかった(五十嵐邸にて嶋咲枝殺害に失敗した件のことを響は謝った)

    変な男がいたんだ。それでチャンスを逃した」


斉藤:「しかも雨が降っていて、嶋咲枝はずっと家の中にいた。チャンスはほとんどなかった」


響 :「そう…だな(ノ゚ο゚)ノ」


斉藤:「分かっている。そんな事はわかっている。むしろ君は一発も弾を撃たなかった。

   それがいい判断だったあの場面で弾を放っても君は彼女を殺(や)れなかった。

    運がよくても彼女に傷を負わせるだけ。その程度しかできなかっただろう。

    いい洞察力(どうさつりょく)だ。むしろ僕は君を評価している。

    あせらずにその場を離れたこと、それが素晴らしい」


響 :「それで、何の用だ」


斉藤:「君はまだ銃の使い方をよく知らないだろ?教えてあげようと思いましてね」


響 :「…」


斉藤:「今日でも、明日でも、いつでもいいが、あげた銃を持ってきてもらえれば訓練場に案内するよ。

    そして訓練が終わったら、また嶋を殺るチャンスを窺(うかが)う。

    まあ、その後はその後だ」


響 :「それなら、俺の思うままにやらせてくれ」

(響は嶋咲枝を殺るチャンスについて自分なりに考え始めていた)


斉藤:「Σ(゚д゚;)、何か当てでもあるのか?」

 響は何も言わずに頷いた。

 斉藤は響の鋭い目をじっと眺めていた。

 当てがありそうだと勘繰(かんぐ)って、斉藤は笑みを浮かべ、納得しうなずいた。


「どうする?今から練習しに行くか?」と斉藤は響に尋ねた。

 響はそれを断った。

 そして斉藤は自分の連絡先を響に伝えた。

「ここへ連絡してくれ」と。


 斉藤が去っていた後も、響はソファーで考え事をしていた。

 忘れていた記憶が呼び覚めたかのようだった。

『俺は何をしているんだ。あの女を殺らなければならない。くだらない性欲ばかりだ。

俺は何を考えているんだ。俺には俺の運命がある。俺は俺の道を歩む。それだけだ』

 自分にそう言い聞かせていた。そして、さくらに会いに行こうとする思いを抑えた。全ての思いを抑えこめられ、居酒屋『ふくちゃん』にさえも行く気がなくなった。

 大きく深呼吸をして、響は天井を見上げていた。一人きりの暗い地下の部屋の中に自分はいる。そう感じると、また自分は暗い場所に戻ってきたと感じた。でもそれが自分の場所であると響は認め顔を引き締めた。


続く。