5. 女性大物政治家について | 小説と未来

5. 女性大物政治家について

ここでは、今まで物語の主要人物とされながら、未だ名も語られていない女性大物政治家についての紹介をしよう。


女性大物政治家


嶋 咲枝(しま さきえ)  40歳  独身


 2003年衆議院選に初当


 2005年衆議院選に2度目の当選、その後、経済産業省を中心に活躍の場を広げる。



 彼女の生い立ち;


 大手電機メーカーの上層部である父親の次女として生まれる。


 幼い頃からおとなしい少女で、友達はほとんどいなかった。


 成績は優秀で、本ばかりを読んでいる少女であった。


 いじめなどに遭うこともなかったが、近寄り難い存在として周りの同級生からは距離を置かれていた。


 都内某有名私立大学経済学部に進学後も彼女は変わらない生活を送った。この頃独り暮らしを始めたが、同棲生活なども見られず、サークルに参加するような事もなかった。

 彼女は本を読んで、勉学に励む生活を送り続けていた。


 1989年、嶋咲枝は大手のメーカーに就職が決まった。そしてそこから人生が一転する。

 元来の父親譲りの有能な力が発揮されたといえばそれまでかもしれないが、彼女はまだ女性蔑視(じょせいべっし)の強い時代の中でスーパーキャリアウーマンとして立派な経歴を重ねてゆく。


 その話を始める前に、彼女が大学を卒業する数ヶ月前に起きた、不幸な出来事の話をしよう。

それは彼女の姉、由里佳(ゆりか)とその夫の中下 丈(なかした じょう)が難病により亡くなってしまったという出来事である。

 由里佳と中下は大学の同じサークルで知り合い、大学を卒業したその年の9月に結婚した。それから2年の生活の後に二人は亡くなってしまった。

 表向きは難病となっていたが、咲枝の聞いた噂話ではそれは性病の一種によるものだったということであった。そのため、その死はあまり表沙汰にならないように密葬として終った。


 嶋咲枝の人生は不思議とそこから一転した。


 彼女の仕事姿勢は、極めて単純明快で理に適っていた。彼女は数多くの、彼女を尊敬する後輩や彼女に惚れこむ男たちに囲まれるようになった。その反面、当然彼女をよく思わない者たちもいた。

 彼女は仕事においてはとても有能であったが、彼女の素顔を知る者は誰もいなかった。趣味、男関係を知るものも誰もおらず、その頃の嶋咲枝は仕事や同僚の幸運的出来事に笑顔を浮かべる事はあっても、心から何かを楽しんで笑うようなそぶりを見せることはないような女性だった。だから、中には彼女の人間らしさのなさに気持ちをよくしない者も多くいた。


 さらに彼女の人生が一転したのは、彼女の父親の紹介によるものだった。


 30を過ぎても結婚の相手が見えない娘を案じて、見合い目的にある政治関係の男と引き合わせた。もちろん最初はそのつもりであったのだが、話はなぜが政治の事で盛り上がり、あまりに政治に関して詳しい嶋に見合い相手の男は別の意味で惚れこんでしまった。

 機運な事にその年、政治界である大物政治家の汚職問題が発覚した。問題がうやむやのまま、その政治家が議員を辞職する事で決着がついたが、一つ空席ができてしまった

 クリーンなイメージを打ち出したい与党は様々な方面から次期候補を探そうとしたが、ほとんどが官僚上がりでこの人物こそという者は見当たらなかった。そこに出てきたのが、嶋咲枝であった。

 見合い相手であった男が嶋を紹介するや否や上層部は承諾し、彼女を政治に担ぎ出した。そして2003年の選挙で、彼女は圧倒的に有利とされていた野党の議員に辛勝して政治の座に着いたのだった。



 五十嵐 卓人(いがらし たくと)について


 さて、ここからは五十嵐 卓人という人物について紹介しよう。この人物は、嶋咲枝殺害のために斉藤が選んだパーティーの主賓となる人物である。


 五十嵐 卓人(いがらし たくと) 39歳 独身


 五十嵐の父は大手証券会社のエリートサラリーマンであった。

 卓人はその一人息子として何不自由なく育った。

 母親は芸大出身で、その影響もあり、卓人は画家の道を選択することとなった。


 五十嵐の父親は会社を定年してまもなく、脳梗塞によりこの世を去ってしまった。

 卓人の母親は長年の夢であった、パリへの移住を決定し、学生時代の友人たちとパリで暮らし始めた。


 五十嵐卓人はその後も青山にある実家で暮らしていた。

 しかし2004年の冬、母親に呼ばれ、パリへと向かった。それは絵画展への出展の持ちかけだった。


 2004年春、パリでフランス国際絵画展が開かれた。

 五十嵐はその中に母親のコネとして、その年に書いた唯一の自信作である『水色の光景』を出展して、ブースで時を送っていた。


『水色の光景』:セーヌ川に佇む一人の少年を描いた水彩画である。

          少年のどことなく物悲しい表情が、人々の心を誘う一作



 一人の日本人が彼の絵を熱心に見ていた。

 この女こそが、たまたまその絵画展に招待された嶋咲枝だった。

「ご旅行ですか?」

と、五十嵐は日本人と思われる咲枝に声を掛けた。

 咲枝はクスクスと笑い答えた。

「いえ、本日は招待で伺(うかが)わせていただきました」

 咲枝はその頃、すでに日本で話題の女性となっていたので、私の事がわからないの?といった態度で、五十嵐にそう答えた。


五十嵐:「ああ、これは失礼しました。来賓(らいひん)の方でしたとは。

      すみません、どうも私、世の中に疎い(うとい)ものでして」


 そうテレながら答える五十嵐に咲枝は再びクスクスと笑った。それは全くといっていいくらい見たことのない咲枝の自然な笑顔だった。


 嶋咲枝はしばらくの間、『水色の光景』をじっくり眺めてから口を開いた。

「素敵な絵ですね。きっと、この作品はすぐに話題となるでしょう。そしてきっとあなたは成功しますよ」


五十嵐:「ありがとうございます。でもいかがでしょうか。

      お褒め頂き、こんな事をいうのも何なのですが、私はまだ一枚の絵を売った事もないのです。

      今回はあそこにいる母親のコネでやっと展示してもらう事ができただけなんです。

      画家とも言えない。日本に暮らしている、いわゆるニートっていやつですか?

      私の絵なんて、それほどの評価得る事はありませんよ」


 咲枝はもう一度クスクスと笑い答えた。

「評価は、出展して、人の目に触れるようになってから、もらうものです。

今までのあなたはまだその場にも立っていなかったのですから、ここからがスタートですよ。

私はきっとこの絵があなたの人生を変える第一歩になると思いますよ」


 五十嵐はそんな咲枝の回答に笑顔を浮かべた。


 そしてその咲枝の言葉通り、五十嵐の『水色の光景』はパリの厳しい目をした絵画ファンを唸(うな)らせた。

 彼の作品は一躍脚光を浴び、その情報は日本の絵画好きの耳にまで届いていた。

 いくつかの新聞社もその事は取り上げた。五十嵐の母親は、パリの絵画コレクターに『水色の光景』を25万程度の代金で売り、それが始めての五十嵐の作品となった。


 五十嵐は日本に帰って来ると、何人かの投資家に声を掛けられた。絵画展やギャラリーを開かないかという話だ。しかし、五十嵐はその良き話の全てをことごとく断った。


「私にはあの作品しかありませんでした。あとは全て到底人前に見せられるような作品ではありません」


 投資家はそんなのは謙遜(けんそん)だと、五十嵐を何度か説得しようとしたが、結局のところ五十嵐は投資家に古い作品を見せることはなかった。やがて五十嵐が脚光を浴びた話は、数ヵ月後には何事もなかったかのようにすっかり消え去ってしまった。



 嶋咲枝のその後。


 嶋咲枝は政治家になって以後、様々な仕事に取り組んだ。

 マスコミは彼女の美貌(びぼう)を取り上げ、「新恋人発覚」だの「代議員様は嶋の香水にメロメロ」だの、あってもなくてもどうでもいい噂話ばかりを取り上げた。世の中にはその方が受けがいいからである。


 その分、嶋は見えないところで仕事を続ける事ができた。

 彼女は議員となるなり、泥臭い仕事もすんなり引き受けた。普通は善悪に迷うような出来事も、彼女は顔色一つ変えることなくこなしてみせた。

 警視庁上層部との取引、暴力団との提携、大手企業との談合、優良投資家への情報漏えい(ろうえい)。ばれれば一発で逮捕となるような出来事を恐れもなく引き受け、彼女はそつなくこなした。

 議員の中では彼女を仮面の女と罵(ののし)る者も数多くいた。


 彼女をよく思わない者も数多くいたが、すでに彼女はあらゆる世界の上層部を味方につけ、守られる立場になっていた。

 嶋咲枝の仕事は理に適っていて、無駄なく得のする話が多い。彼女と付き合えば損はしない。すぐにそんな噂は広まり、彼女の周りには常にたくさんの取り巻きがやってきて、彼女は守られていった。

 彼女が相手にするのはその内の一部にしか過ぎないが、トップの世界で彼女はすでに幸運の女神として知られていた。



 五十嵐との再会は今から半年前の事だった。


 彼はここ4年で急ピッチに15作の作品を仕上げていた。世の中にはもっと描く画家はたくさんいるだろうが、彼にとってはかなり急ピッチな行動だった。

 五十嵐に逢うなり、嶋は五十嵐に展示会を開くよう勧めた。五十嵐はそのときも断ろうとしたが、嶋咲枝のいうことのなら、信じてみようと思った。


 そして展示会が決まった。

 6月22日、展示会決定のパーティーが五十嵐邸で催された。

 響が嶋咲枝を殺害しようとしているのは、そんな日の事だった(1・4を参照)。


本編へ続く。