昨日、新幹線が開業50周年を迎えたそうです。
初代運転士の丹羽厚司氏がNHKニュースに出ておられ、彼の生き方をとてもステキに感じました。
1951年静岡県産まれの丹羽厚司さん。
1970年に国鉄に入社以来、運転手を務め、新幹線に至っては、12年間運転されたそうです。
新幹線を運転するにあたり、走行に必要なコンピュータのボタンを操作すると、どのモーターが動くかまで、事細かにノートに記し、最新の技術にも対応しながら、新幹線の運転をされていたようです。
また、最初に新幹線を運転する日には、静岡県にご実家があることもあり、ご両親が静岡県内の新幹線が走る橋で、息子の晴れ舞台を見にきたようです。
丹羽さんは、違反かも知れませんが、クラクションを鳴らして、ご両親に応えたようです。
何てうらやましい❗️
ご両親も、息子さんも胸がいっぱいだったでしょうね
新幹線はそもそもカップのコーヒーが揺れないように走ることというコンセプトもあったようです。
確かにコーヒーはこぼれないし、新幹線で車酔いなんて聞いたことがない。
その伝統は、今も受け継がれていて、世界からも認められる安全性に結び付いているんでしょうね。
今私は新幹線で京都に向っています。
問屋の営業…という大義名分のもと、木屋太展を見に行きます!
私も新幹線は大好きです!
この安定した走り、安定した走りが高級感さえも醸し出してるような気がし、お客様も何となく大人しいように思います←朝だからかな?
いえ、夜は仕事帰りのとりビー客が多い中、赤ちょうちんの居酒屋になるわけでもなく、BARにいるような静けさ…✨
これは新幹線マジックじゃないでしょうか。
テレビで見た丹羽厚司さん、日本人には珍しいくらいのとてもステキな紳士で、内面から出る、にこやかエキスを振りまいてるようなお方でした。
現在は、新幹線の写真を撮ったり、記事を執筆されたり、世界の鉄道についても取材されたりと、新幹線の良さを 世間に知らしめつつ、鉄道から離れることなく、また単なる電車好きの枠を超えたクオリティの高い“電車オタク”
でおられるようです。
今きものという、奥深いモチーフをライフワークとしてることを、誇りに思い、より深く、より孤高に、歳を取っても、愛し続けられるよう、心に誓っちゃいました ✌️
新幹線の車窓から
初代運転士の丹羽厚司氏がNHKニュースに出ておられ、彼の生き方をとてもステキに感じました。
1951年静岡県産まれの丹羽厚司さん。
1970年に国鉄に入社以来、運転手を務め、新幹線に至っては、12年間運転されたそうです。
新幹線を運転するにあたり、走行に必要なコンピュータのボタンを操作すると、どのモーターが動くかまで、事細かにノートに記し、最新の技術にも対応しながら、新幹線の運転をされていたようです。
また、最初に新幹線を運転する日には、静岡県にご実家があることもあり、ご両親が静岡県内の新幹線が走る橋で、息子の晴れ舞台を見にきたようです。
丹羽さんは、違反かも知れませんが、クラクションを鳴らして、ご両親に応えたようです。
何てうらやましい❗️
ご両親も、息子さんも胸がいっぱいだったでしょうね
新幹線はそもそもカップのコーヒーが揺れないように走ることというコンセプトもあったようです。
確かにコーヒーはこぼれないし、新幹線で車酔いなんて聞いたことがない。
その伝統は、今も受け継がれていて、世界からも認められる安全性に結び付いているんでしょうね。
今私は新幹線で京都に向っています。
問屋の営業…という大義名分のもと、木屋太展を見に行きます!
私も新幹線は大好きです!
この安定した走り、安定した走りが高級感さえも醸し出してるような気がし、お客様も何となく大人しいように思います←朝だからかな?
いえ、夜は仕事帰りのとりビー客が多い中、赤ちょうちんの居酒屋になるわけでもなく、BARにいるような静けさ…✨
これは新幹線マジックじゃないでしょうか。
テレビで見た丹羽厚司さん、日本人には珍しいくらいのとてもステキな紳士で、内面から出る、にこやかエキスを振りまいてるようなお方でした。
現在は、新幹線の写真を撮ったり、記事を執筆されたり、世界の鉄道についても取材されたりと、新幹線の良さを 世間に知らしめつつ、鉄道から離れることなく、また単なる電車好きの枠を超えたクオリティの高い“電車オタク”
でおられるようです。
今きものという、奥深いモチーフをライフワークとしてることを、誇りに思い、より深く、より孤高に、歳を取っても、愛し続けられるよう、心に誓っちゃいました ✌️
新幹線の車窓から









