私は大学生のときに日雇い労働のアルバイトを4年間していた。仕事の内容としては武道館や東京ドームなどで行われるアイドルや音楽アーティスト達の舞台を組み立て、解体していくものである。
何も無い平らな状態から次々にステージを組み立てる機材を運び入れつつステージを完成させていく。鉄骨、布、板、楽器、コード等を専属のスタッフが私たちに指示を出しつつ手際良く舞台を組み上げていく。私たちアルバイトはスタッフの指示に従って働くだけなので仕事としては難しいことはなく体力さえあれば誰だってできる。
そういう体力だけ必要な仕事だっただけに大学生時代は続けていたわけだが、仕事に慣れてくると妙なところに気がついたりする。舞台の表側は主役の背景であるために照明器具、電飾など様々に彩られ、正に表舞台の様相を見せるようにする。しかし、舞台の裏側はそれら器具や音楽機材のコードでぎっしりでかなり異様な風景である。綺麗な部分の表、醜い部分の裏。
コンサートは「非日常」を演出しているのだと今となって感じる。ということは、ケーブルだらけのコンサート会場裏側は「日常」ということになるのかとも思う。
お金を払って「非日常」的な体験を客に味わってもらうためにそれを邪魔する醜いところは全て舞台裏に隠す。
何が言いたいのかと言えば、「舞台裏」は見せるものでは無いということだ。一度、舞台裏を見てしまえば数千円で買った「非日常」の体験を味わえる楽しみを奪ってしまいかねない。
「それは舞台やコンサートばかりでなく、テレビを始め、ほとんどのエンターテイメントにも当てはまる」と私は最近になって深く感じている。