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「ある阿呆」の考察

明治大学商学部卒。
農業、日本語教育を生業とする。
日々感じていることを表現してみたいということで
稚拙な文章を書いています。

私は社会人が東京大学に受験をするのならば、

 

高校生とは異なる「志」を持つ必要があると思う。

 

最近、強く思っていることである。

 

ある社会人の東大合格者のブログを見た。

 

あまりにも俗物すぎて読むのを途中でやめた。

 

東大に合格して女にもてたいだのと

 

高校生みたいな、いや、それ以下の志望動機が

 

だらだらと記されていた。

 

また、社会人の東大合格者の体験記のような本は

 

学歴コンプレックスが全面に出ていて、

 

私はこの人たちはいい歳して何を考えているのだろうと

 

不思議に思う。

 

社会人なのだから一般の受験生よりも

 

もっと志を高く持つべきではないだろうか。

 

勿論、私も社会人で東大を目指す身で

 

親を始めとした周囲からは馬鹿にされている。

 

私も自分自身、いい歳して馬鹿なことをしていると

 

自覚している。

 

しかし、「志」は持っているつもりである。

 

人から馬鹿にされながらも、心理学の研究をしたいというものだ。

 

なぜ、この歳になって心理学の研究をしたいのかは

 

別の機会に書くことにして、

 

「なぜ、社会人である身の自身が東大を目指すのか」という

 

問いは私自身も含めて明確な答えを持つべきだと思う。

 

それなりに歳を重ねた人が理由はどうあれ、

 

もう一度大学に挑戦して見たいと思うのならば、

 

俗物な志望理由ではただの「痛い人」である。

 

私はこうした人たちを反面教師として、

 

志を高く持ち、

 

東京大学を合格した後でも

 

一般の学生よりも倍以上に勉学に

 

励みたいと思う。