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「ある阿呆」の考察

明治大学商学部卒。
農業、日本語教育を生業とする。
日々感じていることを表現してみたいということで
稚拙な文章を書いています。

 近年、英語、特に英会話、の必要性が各所から唱えられてきた。

 

例えば、小学校低学年からの英語教育実施。また、大学入試における

 

「読む・書く・聴く・話す」を重要視する入試形態への変更等。

 

果たしてこれらの「英語教育」改革は必要なのだろうか。

 

私はこの「英語教育」改革に対して懐疑的である。

 

何故ならば、もはや「英語を勉強すること」は必須ではない時代に

 

突入しようとしているのではないかと思うからだ。

 

技術革新が飛躍的に高まっている昨今、翻訳機器の開発も

 

盛んに行われている。

 

2018年現在、日本人が英語圏へ旅行する際に

 

翻訳機器を持参すれば言葉の壁で不自由することはないだろう。

 

では、10年後はどうだろうか。

 

技術革新によって「英語教育」はその重要性は大きく低下すると私は予想する。

 

もはや、「古文」や「漢文」を勉強するレベルにまでになるか、

 

学習対象から外れるかもしれない。

 

NHKで放送されていた「経済学のルール」で、ある経済学者は

 

次のように述べていた。

 

「昔、人々は「労働力」を搾取されてきた。

 

しかし、現在は「創造力」を搾取される時代なのだ。」

 

「英語」はその「創造力」になり得るのだろうか。

 

最後に、あるエピソードで文章で締めくくりたい。

 

ノーベル物理学賞を受賞した「益川敏英」は受賞後のインタビューの冒頭で

 

”I can't speak English."

 

と言い放って日本語でインタビューに答えていた。

 

「創造力」=「英語力」

 

この答えはほんの少し先の未来が答えてくれるだろう。

 

 

 

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