昭和歌謡の旅(54)東京ーその6 | 昭和歌謡

昭和歌謡

懐かしい昭和の歌謡スターの歌を紹介します。

◎新宿の夜

 東京の歌で銀座の次に多いのは新宿で、戦前から歌の中に出てくる。「東京行進曲」(昭和4年)の4番は〽シネマ見ましょか お茶のみましょか いっそ小田急で逃げましょか かわる新宿 あの武蔵野の 月もデパートの 屋根に出る…新宿は武蔵野の面影を残しながらも昭和に入って急激に発展していく。歌にある小田急線が開通したのは昭和2年だ。「東京ラプソディー」(11年)の4番も〽夜更けにひととき寄せて なまめく新宿駅の あのこはダンサーか…。

 ただ、これらの曲は歌詞の何番かに新宿が出てくるだけで、ズバリ新宿のヒット曲は戦後もなかなか生まれなかった。新宿の歌は売れないというジンクスでもあったのだろうか。ところが昭和40年代になると次々とヒット曲が出てきた。最初は扇ひろこの「新宿ブルース」(42年・滝口暉子作詞・和田香苗作曲)〽生きていくのは私だけ 死んでいくのも私だけ 夜の新宿 ながれ花…夜の新宿に生きる女の退廃的な歌だ。このころ私は大学生で友人と花園のゴールデン街のスナックによく通っていた。当時の花園は露地の両側から「お兄さん寄ってかない」と声がかかるような場所で、行くたびに何となく大人になったような気がしたものだ。この歌を聴くとそんな思い出がわいてくる。 

 扇ひろ子は仇っぽいお姉さんという雰囲気のなかに、どこか儚そうなところがあってなかなか良かった。日活が遅ればせながら任侠映画をつくったころ何本か主役を演じ、東映の藤純子、大映の江波杏子と並ぶ女侠客スターとして活躍した。 

  同じ年の大木英夫と津山洋子がデュエットした「新宿そだち」(別所透・遠藤実)。男が「女なんてさ」と歌い、女が「男なんてさ」と歌う掛け合いの曲だ。あまり品のいい歌ではないがそこがいかにも新宿らしい。〽指名しようか いつもの娘 俺もおまえも 新宿そだち…とあるから女の方はキャバレーのホステスだろう。大学に入ったころOBの先輩に初めて新宿のキャバレーに連れて行ってもらって、いたく感激したのを覚えている。

 次は新宿演歌の決定版ともいえる藤圭子の2曲。「新宿の女」(44年・石坂まさお作詞・作曲)〽バカだな バカだな だまされちゃって 夜が冷たい 新宿の女…と男にだまされた女が自嘲気味に歌う。「命預けます」(45年・同)〽流れ流れて 東京は 夜の新宿 花園で やっと開いた 花一つ…薄幸そうな藤圭子の雰囲気が夜の花園の街によく似合う。

 八代亜紀の「なみだ恋」(48年・悠木圭子・鈴木淳)〽夜の新宿 裏通り 肩を寄せ合う 通り雨…八代が紅白歌合戦初出場を果たした出世曲となった。

 時代は下ってちあきなおみの「紅とんぼ」(63年・吉田旺・船村徹)。ちあきの歌の中で私の一番好きな歌だ。〽新宿駅裏 紅とんぼ 想い出してね 時々は…新宿駅裏というから西口の思い出横丁(通称しょんべん横丁)あたりだろうか。そこで五年間店をやってた女性が店をたたんで故郷へ帰る最後の日の歌。その女性の人生のストーリーが浮かんでくるような劇場型の曲だ。

 新宿にはいろんな人生を抱えた人たちが集まり、去っていく。そんな新宿を港にたとえたのが森進一の「新宿・みなと町」(54年・麻生香太郎・西谷翔)〽新宿 新宿 新宿みなと町…                                             (黒頭巾)