昨日録画してあった
「緊急追悼番組・ありがとう勘三郎さん」を見た。

毎年毎年見ていた密着番組。
ナレーターは当然だけど、森光子さんじゃあなかった。

毎年コレを見ている為か、勘三郎さんのことは
歌舞伎ファンでもないし、歌舞伎も3回くらいしか
観た事ないけど、なんだか身近に感じてた。

そういう意味では地井さんも同じ。
中畑木材の、中畑のおじさんだったから
めっちゃ身近な感じだった。

友だちの誰だったかが
「全く関係ない人なのに地井さんの死は
なあ~んか重いってか響いたなあ~」と言ってた。
誰だったかな?思い出せない・・・。
この辺に我が身の老いも痛感する。
そして、地井さんの死については、全く同感だった。

そして、地井さんと同じ様な感覚に
勘三郎さんがプラスされた。

今年は「人の生き死に」について考えさせられる1年だった。
昨年の地震の時から、その思いは強く引きずってはいたけど
今年は、より一段と考えさせられた。
そうさ、くーさんのせいでね(笑)
調子狂ったよ、オマエが死んじゃうなんてね。

この先、自分はどう生きるべきなのか・・。
そんな事を考えながら、心が放浪してます。
そんな事を考えながら、遊んでばかりです(笑)

勘三郎さんが番組の中で驚く発言をしてた。

子ども電話相談室で無着成恭の言ってた言葉が
忘れられない、一生の宝で座右の銘だと。

え゛。
びっくり(笑)

アタシの記憶にある電話相談室では

「浦島太郎には名字があるのに
桃太郎には名字がないのはなぜですか?」という質問に

「あのね、桃太郎にはね、川頭って名字があるの、
でも、それは明星学園での事ね・・・」と言う声が
ラジオから聞こえて来て、チョー驚いた事だけ(笑)
桃ちゃんの事じゃん!って思った(笑)

アタシらの学年は
色々と大人たちの事情(笑)で
直接授業は受けた事は1度しかない・・・。
確か誰かの代行だった様な気がする。違うかなあ?
でも、教頭先生だったし、学校内でうろうろしてたし
生徒の事はよく知ってたし、よく話しかけられもした。

短気だったアタシは
「カッときたら、手をポケットにいれるのっいい?」と
廊下ですれ違った時に、呼び止められ言われた事がある。
なんで、あんたにそんな事言われるの?と思ったけど
きっと、何やら報告でも受けていたのか
噂でも小耳に挟んだのか、人違いだったのかも(笑)


そして、アタシが25歳位の時
突然原因不明の高熱が続き緊急入院した事があった。
熱が下がっても、高熱の原因が掴めず
検査検査の日々で、就職したてなのに、こんなに休んで
焦るし、イライラするし、不安だしの日々を送っていた時
テレビに無着先生が出て来た。

懐かしいやら、相変わらずやらで
急に手紙を書きたくなった。

しかも、当時のアタシは確か
可愛げのない、アタシが病気でこんな所に
閉じ込められているのに、先生は相変わらず
ニコニコと脳天気だ、アタシがこんな気持ちで
テレビを観ているなんて、しらねーだろう!的な事を
悔し紛れに書き綴った気がする(笑)
母親に住所を聞いて、すぐ投函すると
すぐ返信のハガキがきた。
そこには
「神様がくれたおやすみなのだからゆっくりやすみなさい。」
と書いてあった事だけは、覚えている。

あんな無礼な逆恨みみたいな手紙に
ソッコー返事をくれた先生のハガキが嬉しかった(笑)
やっぱ人の心に何かを残せる人なんだね(笑)

人は必ず死ぬ。
そういう意味では、人間の生存率は0%だと
テレビで何かの偉い先生が言ってるのを聞いた。

確かにね。
そうだね。

最近「人身事故」で電車が遅れる事が多い。
年末だからかなあ。
12月は死にたい女が増える・・
そんな歌詞の曲を中島みゆきサンが歌ってた気がする。

でもさ。
地震で、死にたくなくても亡くなった人がいる。
いろんな人が毎日通る、アタシも何度も通った事がある
笹子トンネルの崩落事故で突然亡くなった人もいる。


自分で死んだらダメだと思う。

骨や筋肉の動き1つ取っても
人間は本当に「良く出来ている」んだよねぇ。

死ぬまで生きて行こう。
どう生きるか考えながらね。

深夜にそんな事を思うあらふぃふおばはーん!でありますっ。
今日は、叔母のお茶会のお供ででかけています。
東京都心で、こんな綺麗な紅葉を
眺めながらぽぉ~っとしている昼下がり♪