本当は、「ゆず・FURUSATOツアー」の続きを書こうと思ってたし

書きたかったんだけど・・・。


昨日の夜、なにげなく見たYahoo!のトップニュースに見つけた文字。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100222-00000176-jij-soci


劇団ふるさときゃらばん破産!負債6億円。


あまりの驚きとショックで言葉が出てこなかった。


劇団ふるさときゃらばん。


今から25年前。

どんだけ元気をもらった事か・・・・。


きっかけは、実習先の職員のヒトがチケットを売っていたから・・・

それまで、全く知りもしなかった。


特別の期待もなく見に行ったら、その迫力・頑張っている姿。

全てがアタシのツボだった!

もともと、劇団なんてお金持ちな訳はなく、ここも全てが

劇団員や回りを支える人たちの、言葉は古いが

いわゆる「手弁当」で運営されていた感じだった。

実はそれが、またいい感じで、都会に出てきて寂しい若者のハートを

がっちりキャッチしていたし、田舎のないアタシらは

本当に「ふるさと体験」できる様な場所だった。


作られた公演を見に行くのではなく、時間があれば

早く行ってチラシを配る手伝いをしたり、公演が終わったら

バラシと呼ばれる後片付けを手伝ったりした。

それは、特別な事ではなく、それがこの劇団のシステム(笑)

そして、そうやって作業を共にすることによって劇団員の人たちと

自然と仲間意識が出来ていく、今どきには、考えられない様なシステム(笑)


ここの劇団の新年会というのが

毎年、小金井の本部であるんだけど、日本全国の応援団といわれる

ファンたちの差し入れで、ものすごいことになっている。

魚・肉・酒!劇団が用意するのは、食器と場所だけでいい(笑)

全国から届いた名産品が山盛りだった。

「越乃寒梅」を呑んだのもこの新年会だった。


劇団の中でもアタシは「真壁宗英」という役者が大好きだった。

決して今で言うイケメンではないけれど

ヒトが見ていないであろう舞台の端っこ~の方でも

ちゃんと役になりきり、演技している頑張っている顔がたまらなくツボだった。


そーえー、そーえーと呼ばれるたびに、くちゃくちゃの笑顔で

はいっ!っと元気に返事をして、どんなちっちゃな仕事も

嫌な顔1つせずにやっていた。

歳も同じだったこともあり、ものすごく仲良しだった

劇団に入ってからの事や、将来の夢なんか語ってくれたりして。


10年くらい前、ふるさときゃらばんの大田区での公演を

当時加入していた生協があっせんしていたのを見つけて、

無性に懐かしくなり、思わず申し込んで見に行った。

次女を連れて、それこそ、10年以上ぶりに見に行ったら

公演終了後の送り出し(出演者がロビーでお客さんを送り出す)で

アタシを見つけた宗英、すぐ気がついて、井上さーん!!っと

久々に聞く旧姓(笑)を大声で呼んで駆け寄ってきてくれた。


そこには、もうあの使い走りの宗英ではなくて、

立派な中堅看板俳優の真壁宗英がいた。

でも、宗英は立派になってもあの頃と何も変わらずの笑顔で

お母さんになったのかぁ~!っとくしゃっと笑って

当時からいた懐かしい劇団員もまだまだいるぞ!っと

楽屋に引っ張っていってくれ、懐かしい人たちと再会した。


当時、小学生だった次女にしてみれば、自分の母親が

ばあちゃんと同じ名字で呼ばれ、今舞台の上にいたヒトと

かなり親しげに話して盛り上がっている・・・。

その姿はめっちゃ驚きだったらしく、帰宅して父親に

なんか、お母さんすごかったよぉっ~て芝居の感想よりそっちが先だった(笑)


400人解雇の文字に、沢山のヒトの顔が浮かぶ。

子どもたちが小さくて、自分もまだ若くて、いつまでこんな

おむつや鳴き声に囲まれた生活が続くんだろう・・なんて

プチ育児ノイローゼ風味の時、いつも心のどこかで

いつか、自分の時間が持てたなら、ふるさときゃらばんの、ふけ役者になろう

そして、日本全国を飛び回ろう!なんて妄想して遊んでいた時もあったなあ。

これからどうなっていくんだろう。

宗英、頑張っているんだろうな。

なんだか、本当に胸がぎゅっっっとなるニュースだったなぁ。