
「目先」ではなく「未来」へ/慶応義塾大学教授(元日銀審議委員) 白井さゆり
2025/07/23 1面
■気候対策や食の安定に注力を
7月20日投開票の参院選では、連立与党にとっては残念な結果になったが、物価高、マンション価格高騰、難航する日米貿易交渉などに関する不安の声が票となって表れたとも言える。
多くの政党は「減税」や「給付」を掲げたが、選挙戦を通じて問われるべきだったのは、「この国をどうしたいのか」「次の世代に何を残すのか」という未来へのビジョンではなかっただろうか。
今月初め米国では、集中豪雨により川が氾濫し、130人以上の若者が命を落とす痛ましい洪水が起きた。キャンプに参加していた子どもたちが巻き込まれたこの災害は、単なる自然現象ではなく、人災でもある。気候変動がもたらす極端気象に備え切れなかった都市と社会の脆弱さが、被害を広げた。
実際、今年の日本でもすでに猛暑に加え、東京などでも床上・床下浸水が起きている。線状降水帯の発生も頻度を増し、かつての「百年に一度」が毎年のように襲ってくる。これは「未来の話」ではなく、すでに始まっている現在の気候危機だ。
こうした中で、今回の選挙では防災インフラの強化や脱炭素社会の実現といった本質的な議論は、限られていた。気候対策は、我慢や負担の象徴ではなく、むしろイノベーション(技術革新)や地域再生の起点となる可能性を持っている。
例えば、災害に強い住宅や断熱性能の高い建築、太陽光・風力の地産地消型エネルギーなどは、新たな産業と雇用を生み出す。AI(人工知能)による予測技術やスマート農業、再生エネルギーによる地域電力網も、地方に活気を取り戻すチャンスだ。企業にとっても、脱炭素対応は「コスト」ではなく、成長戦略そのものである。
そして、今回十分語られなかったもう一つの未来、それが「農業」だ。昨年末以降、コメの価格が上昇している。農政、気候の不安定化、水害、燃料や資材の高騰が複合的に影響している。農業の現場では、高齢化や人手不足に加え、気候リスクへの備えの限界も叫ばれている。
それでも、選挙では農政に関する明確な構想は乏しかった。JA(農業協同組合)を含む地域農業の再編や、次世代農家の育成、スマート農機の普及、国産食料の安定確保といった未来志向の提案は、もっと聞きたかったところだ。
農業もまた、イノベーションの可能性を秘めている。ドローンによる管理、気候変動に強い品種開発、再生エネルギーと連動した循環型農業など、日本には多くの技術と知恵がある。それをどう生かし、「食べる未来」を支えていくかは、エネルギーや気候と同じく、国家戦略として捉えるべきではないだろうか。
選挙は終わった。しかし、未来をつくる時間はこれから始まる。
たくさんの若い命が洪水で失われた現実、気候変動による生活の不安、そして食の不安定化――こうした現実に向き合い、「目先」だけでなく「未来」を見据えた政治の姿を、私たち有権者も求めていきたい。
変えられるのは今。希望を育てるのも、また私たち自身だ。