土曜特集
欧州議会の右傾化とEU政治の行方
東京大学大学院 遠藤乾教授に聞く

2024/06/29 4面


 欧州連合(EU)の立法機能を担う欧州議会の議員選挙の投票が、今月6日から9日にかけて加盟27カ国で行われた。暫定結果によれば、欧州統合を進める親EU派が過半数を維持する一方、EUの政策に批判的な極右・右派政党の伸長が目立つ。選挙結果の分析と合わせ、右傾化が進む背景やEUの行方について、欧州政治に詳しい東京大学大学院の遠藤乾教授に聞いた。

  
<欧州議会とは>
■民意代表する立法機関/加盟国から選挙で議員選出

 欧州議会は、各加盟国から直接選挙で選出された議員によって構成されるEUの主要機関の一つ【下の図「EUの主要機関」参照】。総人口約4億5000万人に上るEU市民の利益を代表する役割を果たす。

 加盟国の閣僚らでつくるEU理事会と共同で立法手続きに関わり、EUの法律や予算、国際協定の締結を承認する。ただし、日本の政府や国会議員のように法案を提出する権利は持たない。

 EUの立法過程では、行政執行機関に当たる欧州委員会が法案を提出し、欧州議会とEU理事会が共同で採択する。欧州議会は予算案の審議や欧州委員会の委員長選任、人事承認の権利を行使することでEUの政策立案に影響力を及ぼす。

 今回の選挙の議員定数は720。任期は5年で、各加盟国の人口に応じた議席が配分されている。最多はドイツの96議席で、フランス81議席、イタリア76議席と続き、最少はキプロスとルクセンブルク、マルタの6議席。選出された議員は国ごとではなく、政策や主張が近い議員で会派を結成して活動する。

<インタビュー>
■(選挙結果の分析)仏・独は与党連合の惨敗に/親EU会派が多数維持

 ――選挙結果をどう見るか。

 遠藤乾教授 「自国第一主義」を唱える極右を含む二つの右派勢力が議席全体の約2割を占め、改選前より右寄りの議会構成となった。

 最大勢力である中道右派の「欧州人民党」も議席を伸ばして健闘し、議席を減らした「社会民主進歩同盟」、「欧州刷新」を含む“主流派”とされる三大会派で過半数を維持している。

 一方、5年前の前回選挙で大きな支持を集めた環境会派「緑の党・欧州自由連盟」は大幅に議席を減らした。ただ、同会派を含む親EU勢力は3分の2ほどを占め、大方、予想された通りの結果だ【下の図「欧州議会選挙の暫定議席配分」参照】。

 日本では右派伸長などと強調して報道されたが、欧州議会の運営に大きな変化をもたらすほどのものではなかったと言える

 ――現体制が信任されたのか。

 遠藤 欧州議会はEU全体に関わる政策などを決める立法機関であるが、「二流の総選挙」といった指摘があるように、各国バラバラに自分たちの興味・関心に沿って投票している側面がある。最も顕著なのが、その国の指導者に対する中間評価だ。

 欧州議会の役割を正しく認識して選挙に臨むEU市民は徐々に増えている印象だが、有権者の大半がEUの政策やトップ人事を考慮して投票先を決めているわけではないため、信任という観点での評価は難しい。

 ただ、今回はEUの主要国であるフランスやドイツなどで投票率が上昇し、熱を帯びた。特にフランスではマクロン大統領率いる与党連合が大敗し、国民議会(下院)の解散に踏み切った。ドイツでもショルツ首相率いる連立与党が惨敗した。フランスでは政治的な激震となっている。

■(極右・右派躍進)反移民で不満の受け皿/環境規制も批判し支持拡大

 ――極右・右派勢力が躍進したのはなぜか。

 遠藤 国によって状況が異なり一概には言えないが、近年、増加傾向にある中東やアフリカなどからの移民・難民の受け入れ問題の影響が一番大きい。

 EU加盟国などの自由な行き来を保障する「シェンゲン協定」は、欧州統合を象徴する取り決めだが、国境で移民・難民をせき止めにくい構造的な弱みを抱える。

 各国では住宅や医療サービス、収入・雇用機会などを巡り、移民への反感が強まっており、EU懐疑主義の立場を取る極右や右派が不満の受け皿となった。

 ――ほかに考えられる理由は。

 遠藤 生活苦による不満の高まりも絡む。ロシアによるウクライナ侵略などの影響で、欧州でも資源・エネルギー価格の上昇や物価高が止まらず、暮らしに追い打ちをかけている。

 農業事業者の場合は、EUの環境規制でコスト上昇を強いられており、農業・環境政策に対する抗議活動が各地で相次いでいる。そうした政策への批判を強める極右や右派が支持を広げた。

 ――欧州全体が右傾化しているのか。

 遠藤 ポーランドでは昨年10月の総選挙で、リベラル派が勝利し、8年ぶりに強権的な右派から政権交代した。
国によってさまざまだが、全体として極右・右派の台頭が見られたのが今回の結果だ

■(今後の欧州政治)バランス取る人事焦点/議会構成が政策に影響も

 ――選挙結果がEU政治に与える影響は。

 遠藤 焦点となるのが、今秋に任期切れとなる欧州委員長らのトップ人事だ。欧州委員長にはドイツのフォンデアライエン氏の続投が有力視されている。27日にはEU首脳会議(欧州理事会)で指名された。今後、欧州議会での多数決にかけられることになる。

 欧州政治の人事は日本とは異なり、全体のバランスを重視して、会派や国、性別など多くの変数を考慮して決定される。

 今回の選挙結果を踏まえ、勢力を伸ばした極右・右派と、議席を減らした環境会派を両てんびんに掛け、どちらに比重を置くのかが今後のEU政策を左右するだろう。右派が主張する移民の受け入れ抑制を強め、環境規制を緩める可能性はあり得る。

 ――EUの結束は後退するか。

 遠藤 欧州議会に限って言えば、親EU派が大勢を占めており、極右・右派の伸長は“コップの中の嵐”程度で大きな影響はないだろう。

 ただ、与党連合が惨敗した主要国では、今後の国政選挙で極右・右派が伸長すれば、EUの結束に影響が出てくる。

 フランスでは欧州議会選挙で、移民排斥を公然と掲げる極右政党「国民連合」の会派が第1党となった。得票率は31%と、与党連合に2倍以上の差をつけている。

 解散されたフランス国民議会の総選挙は、あす30日に第1回投票、来月7日に決選投票が実施される。

 小選挙区制で行われる国民議会の総選挙は、比例代表で当選が決まる欧州議会選挙とは異なるため、国民連合が多数を占めるのは容易ではないが、もし勝利すれば、歴代政権とは異色の政府になる可能性が高まる。欧州全体に政治的混乱をもたらしかねず、この総選挙の行方は注目に値する。


 えんどう・けん 1966年、東京都生まれ。北海道大学法学部卒。カトリック・ルーヴァン大学修士号(ヨーロッパ研究)、オックスフォード大学博士号(政治学)。欧州委員会専門調査員、パリ政治学院客員教授、北海道大学公共政策大学院教授などを経て現職。著書に『統合の終焉』(岩波書店、読売・吉野作造賞受賞)、『欧州複合危機』(中公新書)など。