土曜特集
成長の鍵握る中堅企業
静岡県立大学客員教授 小川正博氏に聞く

2024/06/15 4面
 中堅企業が日本経済成長の担い手として注目されている。今国会では国内投資の拡大や持続的な賃上げの実現に向けて、中小企業より規模が大きい企業を新たに「中堅企業」と位置付け、成長を支援することを盛り込んだ改正産業競争力強化法などが成立した。期待されるメリットや必要な支援とは何か。製造業の中堅企業などに詳しい小川正博・静岡県立大学客員教授に聞いた。


■(期待されるメリット)生産性向上、賃金アップ、雇用増で地域経済けん引

 ――中堅企業が国内経済にもたらすメリットは。

 小川正博客員教授 競争優位性のある製品や技術・サービス、ビジネスモデルを持っていることだ。生産性が高く、国内外の販路があれば、企業利益を生み出し、雇用の創出、さらには従業員の賃金アップにつながり、個人消費の拡大にも寄与していく。中堅企業は、こうした要素を生み出し、地域経済を好循環させる、けん引役として期待されている。

 販路も地域にとどまらず、広域、さらには海外まで拡大させる企業もいる。日本全体の産業競争力を上げていくメリットもあろう。生産性が一向に高まらず、企業活動が停滞しがちな、いわゆる「ぬるま湯経営」に浸っている企業とは異なる。

 ――働き手にとって、どのような恩恵が期待されるか。

 小川 安定した雇用維持や賃金アップが期待される。さらには、中小企業よりも規模が大きくなることで、長時間労働を是正する働き方改革や育児休業の取得など、福利厚生の面で充実が図られる可能性が高まっていくだろう。

 また中堅企業には、さまざまな経営資源が備わっているため、自己の能力や考えをビジネス化できるチャンスも多い。

■(さらなる拡大に向けて)新たな利益を生み出す/“勝てる技術”連携急務

 ――投資や販路を拡大する中堅企業とは。

 小川 代表例の一つを紹介したい。北海道旭川市にある高級家具メーカー「カンディハウス」は創業者が旭川市からドイツへ派遣され、北欧のデザインと家具作りを学び創業した企業だ。婚礼道具が主流だった当時、業界に先駆けてデザイン性を重視した製品開発に積極的に取り組んできた。

 その結果、旭川市を中心とした地域に家具産業が集まり同市は現在、“家具の街”としても知られるようになった。

 また、職人の技術習得だけでなく、日本にほとんどないイタリア製の木工加工機械などを導入し、付加価値の高い家具を一定量生産できる体制もつくった。加工作業を機械と職人に分けることで、高い品質を保ち、ブランド力向上につながっている。

 ――販路拡大の取り組みについては。

 小川 世界中からデザイナーを採用し、自身がデザインした家具が売れた場合には、デザイナーに出荷価格の何%を分配する、といった契約を結んでいる。新たなデザインが出てくると、それに対応した新たな機械を導入するなど設備投資が進んでいる。現在、販売店は国内外に展開するなど、高いブランド力を確立している。

 このように、独自性のあるノウハウを生かした企業は成功モデル化され、地域経済の中核的存在となっている。

 ――中小企業が中堅企業に成長するために必要なことは。

 小川 他社にはない強みを生かして、競争に勝てる技術や製品・サービスを生かし、事業の幅を広げていくことが必要だ。一つの強みだけに安住すれば、さらなる成長は期待できない。ノウハウや資源を付け加えて、新しい技術・製品を生み出すイノベーション(技術革新)が不可欠だ。大企業もこうして成長してきた。イノベーションを起こしていくためには、事業内容が隣接する領域で新しい事業・顧客・技術・製品の必要性を見つけ、新たな事業を付加することが大切だろう。デジタル技術を活用した業務改善も一手だ。

■(必要な政策とは)投資促す手厚い税優遇や重点的な伴走型支援を

 ――現在実施されている政府の中堅企業支援について。

 小川 補助金だけに依存せず、融資支援や税制優遇を活用し、知財や経営、技術も含めた総合的な伴走型支援が有効だ。税金を投入した補助金支援では新たな産業を創出するほどのイノベーションを起こすには至っていない。この30年間、横ばいを続ける生産性を改善する必要がある。

 ――今後必要な政策とは。

 小川 先ほども述べたが、経済成長には雇用拡大、生産性向上、賃金アップが欠かせない。これを充実・維持していくための支援が必要だ。

 約9200とされる国内の中堅企業のうち、成長志向でイノベーションを起こす企業に的を絞って重点支援することも考えてはどうか。経営状況などの実態を逐次把握しながら、企業に寄り添った支援策を一緒に考えていく形が望ましい。企業の成熟度に応じて、段階分けした支援策を行っていけば、政策効果はより高まってくるだろう。

 単独で成長をめざすだけでなく、中小企業の事業再編をめざした合併・買収(M&A)も有効だ。ただ、企業同士の良さを生かしたマッチングは難しい。企業の特質や成長性、ノウハウなどを把握できているかが重要になってくる。国や自治体はマッチング支援を検討し、仕組みづくりも推進してほしい。


 おがわ・まさひろ 1948年生まれ。中央大学卒。東京都庁に26年間勤務。札幌大学教授や大阪商業大学教授など経て現職。経済学博士。中小企業診断士試験委員。著書に『21世紀中小企業論』や『イノベーション入門』など多数。


<中堅企業の現状を解説>
■従業員数、設備投資の伸び、大企業、中小を上回る

 中堅企業はここ数年、海外拠点の事業展開とともに、国内での事業・投資を着実に拡大してきた。また、多くの中堅企業が地方に立地しており、雇用の受け皿となっていることから、日本全体の賃上げの実現に果たす役割が大きいと期待されている。

 経済産業省の資料によると、10年間での中堅企業の従業員数の伸び率・人数は、17・1%増の52万3000人増。これは、中小企業(15・1%増の46万4000人)、大企業(9・6%増の50万4000人)と比べても多い。設備投資の金額についても中堅企業が1・5兆円と、中小が1・3兆円、大企業0・7兆円を上回っている。

 東京商工リサーチの調査では、昨年の従業員1人当たりの年間売上高で中堅企業は8253万円と、大企業(8702万円)を僅差で追う。

 ただ、中堅企業から大企業への成長割合は国際的に見ても低い。日本では中小企業向けの支援が充実していることから、大企業に成長する力があっても事業拡大をためらい、潜在的なポテンシャル(可能性)を十分に生かし切れていないとの指摘もある。

■関連法改正で定義を明確化

 中小企業を除く従業員数2000人以下の企業を新たに「中堅企業」と法律に位置付け、賃上げや設備投資、企業のM&Aに積極的な企業を「特定中堅企業」と定義。税制優遇などの集中支援で成長を促し経済の底上げを図る。

 経産省の担当者は今年度、中堅企業の経営力を強化するためのプラットフォームを地域ごとに構築し「支援機関と中堅のネットワークづくりをめざす」と語っている。