解説ワイド
国連加盟国で相次ぐパレスチナの国家承認
2024/06/12 4面


 中東のパレスチナ自治区ガザ地区で、イスラエル軍と同地区を実効支配するパレスチナの抵抗運動組織ハマスとの激しい戦闘が続く中、パレスチナを国家承認する国が相次いでいる。先月28日にはスペインとノルウェー、アイルランドの3カ国が、今月4日にはスロベニアがパレスチナを国家承認した。このような動きがなぜ起こっているのか解説するとともに、一般社団法人・現代イスラム研究センターの宮田律理事長の見解を紹介する。


<解説>
■入植地拡大するイスラエル。ガザで攻撃繰り返すハマス

 1948年にイスラエルが建国を宣言して以来、多くのパレスチナ人が居住地を奪われ、ヨルダン川西岸やガザ地区などに難民となって逃れざるを得ない状況に陥った。

 そうした中、パレスチナ国家の樹立を後押しする国際的な機運を高めるきっかけとなったのは、対立するパレスチナとイスラエルが歩み寄り、93年9月に双方の共存をめざす「暫定自治原則宣言」に署名したことだった。この宣言は、ノルウェーが仲介し、同国の首都オスロでの交渉を通して作成されたため、オスロ合意と呼ばれている。

 オスロ合意は、ヨルダン川西岸とガザ地区の暫定的な自治をパレスチナ人に認めた。これを受け、94年にパレスチナ自治政府が設立された。また、国境の画定を含め、パレスチナの最終的な地位に関する交渉を始めることなども同合意に盛り込まれた。

 オスロ合意を踏まえ、将来、独立国家となったパレスチナがイスラエルと平和と安全の中で共存する「2国家解決」を、日本など各国が支持している。

 パレスチナ自治政府が2003年3月に制定した基本法(憲法に相当)には、ヨルダン川西岸とガザ地区をパレスチナ国家の領土とし、首都を東エルサレムとすることが明記されている【地図参照】。

 ただ、イスラエルは05年にガザ地区からは撤退したが、ヨルダン川西岸と東エルサレムを占領し続けている。

 ヨルダン川西岸で、パレスチナ自治政府が警察権と行政権を掌握する地域は全体の2割に満たず、イスラエル軍の支配下に置かれている地域が実に6割以上を占める。残りの2割の地域では、警察権をイスラエル軍が、行政権をパレスチナ自治政府が持つという形になっている。

 その上、イスラエルはヨルダン川西岸で、ユダヤ人向けの住宅を建設するなどした入植地を拡大し続けている。そうした入植活動は国際法違反である。

 また、ガザ地区を実効支配するハマスは、オスロ合意を認めず、イスラエルへの攻撃を繰り返しており、和平交渉の進展を阻害している。

■見えぬ「2国家解決」の道筋。国際社会の大多数が危機感

 現在、パレスチナ国家の樹立を前提とした2国家解決の道が閉ざされかねない、危機的な状況にある。

 昨年10月7日に、ハマスがイスラエルに対する大規模な奇襲攻撃を仕掛けたことへの報復として、イスラエル軍が連日のようにガザ地区への攻撃を行っている。

 イスラエル軍による攻撃は過剰で、身元が特定できていない犠牲者も含めると約3万7000人ものガザ地区の住民が死亡した。そのうちの7割が女性と子どもであるとされる。

 また、イスラエル軍の攻撃で破壊されたガザ地区の住宅や病院、学校といった建造物のがれきの下には、推定で1万人以上の遺体が埋まっているとみられる。

 ヨルダン川西岸でも、パレスチナ人に対するイスラエル側の暴力がし烈を極めている。国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は今月4日、ガザ地区へのイスラエル軍の攻撃が始まって以降、ヨルダン川西岸でも、イスラエル治安部隊とユダヤ人入植者が500人以上のパレスチナ人を殺害したと報告し、イスラエル側に暴力の停止を訴えた。

 こうした中で、パレスチナを国家承認する国が増えているのは、パレスチナ国家樹立の見込みが、かつてないほど薄まっている現状を危惧しているためだ。

 最近、承認に踏み切ったスペインとノルウェー、アイルランド、スロベニアを加えると、パレスチナを国家承認した国は、国際社会の大多数を占める147カ国に上る。

 一方、日本を含む先進7カ国(G7)は、パレスチナを国家承認していない。
 上川陽子外相は先月10日の記者会見で、日本はパレスチナの国連への正式加盟には賛成しているが、それと国家承認は別であるとし、パレスチナとイスラエルの当事者間の交渉を通じた2国家解決を支持していると述べた。


<見解>
■イスラエル抑制につながる/現代イスラム研究センター 宮田律理事長

 欧州連合(EU)の加盟国であるスペインとノルウェー、アイルランド、スロベニアが相次いでパレスチナを国家承認した。これで国連に加盟している193カ国のうち、147カ国がパレスチナを国家承認したことになる。

 イスラエルはパレスチナ人の民族自決権の基礎となるパレスチナ人の土地を奪い続け、入植地の拡大を継続している。パレスチナを国家承認することは、イスラエルとパレスチナを合わせた地域(イスラエルは「エレツ・イスラエル」〈イスラエルの地〉と呼んでいる)をイスラエルだけが支配するという発想や、イスラエルによる入植地の拡大を抑制することにつながる。国家の主権を侵害してはならないことは国際法の常識だ。

■日本も承認に踏み切るべき

 当事者間の交渉を通じた2国家解決を支持する日本政府は、パレスチナを国家承認していない。すっきりしない理屈だが、「当事者間の直接交渉」を強調する日本政府は、米国のバイデン政権とまったく同じ立場だ。しかし、国際法を破るイスラエルを擁護する米国が、交渉による2国家解決を真摯に考えているとは到底思えない。

 米国に追従して日本がパレスチナを国家承認しなければ、半永久的にその機会を失うだろう。

 米国はトランプ政権時代、イスラエルの一国支配を事実上認め、テルアビブにあった米国大使館もエルサレムに移転してしまった。イスラエルはエルサレム全体を自国の首都とし、占領しているが、東エルサレムについては、パレスチナと国際社会の大多数の国が、パレスチナ側の首都であると主張している。

 また、パレスチナとの交渉の当事者となるはずのイスラエルのネタニヤフ首相は、昨年9月の国連総会で、パレスチナ全域がイスラエルの領土であることを示す地図を見せていたことも想起すべきだ。

 パレスチナの国家承認には日本の良識が問われている。
 米国に追従しているだけでは、日本は、岸田文雄首相が重視するアラブ・イスラム諸国をはじめとするグローバルサウスの国々の信頼や敬意を得られない。


 みやた・おさむ 1955年山梨県生まれ。慶応義塾大学大学院文学研究科修士課程修了。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院歴史学科修士課程修了。現在、一般社団法人・現代イスラム研究センター理事長。専攻は、イスラム地域研究、国際関係論。
5月27日にベルギーのブリュッセルで開かれたEU外相会合で共同記者会見を行い、パレスチナを国家承認すると表明した(右から)ノルウェーのアイデ外相、スペインのアルバレス外相、アイルランドのマーティン外相(アイルランドEU常駐代表部提供)