解説ワイド
子どもの権利条約、批准30年
日本の取り組みと今後の課題

2024/06/05 4面


 日本が子どもの権利条約を批准して今年で30年になる。この間、同条約でうたわれている子どもの権利の実現と、子どもたちが直面する課題の解決に向けた、わが国の取り組みをどう見るか。今後の課題も含めて、国連子どもの権利委員会委員の大谷美紀子氏に聞いた。


■最も広く支持される人権条約/国連委が締約国に改善勧告も

 子どもの権利条約は1989年11月に国連総会で採択され、日本は94年4月に批准した。現在、196カ国・地域が条約を締結しており、世界で最も広く受け入れられている人権条約だ。

 同条約は、子どもは権利を持つ主体であるという考えに基づき▽差別禁止▽子どもの最善の利益▽生存と発達の権利▽子どもの意見尊重――の四つの原則を掲げた。条約を締結した国は、子どもの権利を守るための具体的な取り組みについて最初は2年以内に、その後は5年ごとに報告書を作成し、国連子どもの権利委員会に提出。権利委員会は報告書を基に改善点について勧告を出し、各国政府はそれに沿って、さらに取り組みを進めていく。

 日本には条約批准以来、子どもの権利を定めた法律がないことが課題だったが、2022年に子どもの権利を保障する「こども基本法」が成立。23年には子ども政策の司令塔となる「こども家庭庁」が発足した。同年末には基本法に基づき、子どもの政策の基本的な方針・重要事項を定める「こども大綱」が策定された。同大綱は「こどもまんなか社会」をめざすと明記し、全ての子どもが暮らしやすい社会の実現を図るとしている。

 公明党はこども基本法の制定を一貫して主張。大綱を策定するに当たり、子どもや若者、子育て当事者の声をしっかり聴くというプロセスを重視することを強く求めてきた。

<インタビュー>
■国連子どもの権利委員会委員 大谷美紀子氏に聞く
■大人と同じ「権利の主体」/こども基本法に大きな意味


 ――子どもの権利条約の意義は。

 大谷美紀子・国連子どもの権利委員会委員 子どもが大人と同じように、権利の主体であることを正式に国際社会で認識した、とても重要な条約だ。

 子どもの権利という言葉自体は歴史が古い。1924年に国際連盟で採択された「子どもの権利に関するジュネーブ宣言」で国際文書の中に初めて出てきた。今年は100周年の節目に当たる。

 だが、当時は第1次世界大戦後であり、戦争で孤児になったり、飢えや病気だったり、子どもは弱い存在だから大人が守らなくてはならないという内容だった。

 そういう意識が続き、48年に世界人権宣言が国連で採択された時も、全ての人と言いながら、子どもが人権を持っているという認識はあまりなかった。

 59年に国連が「子どもの権利に関する宣言」を採択したが、これもジュネーブ宣言と同様の考えだった。子どもの権利宣言30周年となる89年に、権利宣言が権利条約になった際に初めて、子どもは特別の保護を受ける権利とともに、子どもは権利の主体であり、人権があるという考えが認知された。

 ――権利条約に日本が批准して30年を迎える。

 大谷 批准した当時に大きな変化はなかった。そもそも日本では、世界の子どもたちの多くが直面しているような問題が起きておらず、既存の法律で対応できているという考えだった。

 条約の批准だけでなく、社会的な事情や意識の変化などを踏まえ、この30年間で、児童虐待防止法や児童福祉法、家族法などいろいろな分野で少しずつ前進はあったが、権利条約の根本的な部分である「子どもが権利の主体」であるとの考え方がしっかり根付いていなかった。

 それが2022年6月に成立したこども基本法で、初めて、子どもに対する社会の考え方、政策が大きく変わっていく骨格ができた。権利条約の意義を取り込んだ内容が日本の国会で作った法律に明記されたことが重要であり大きな意味がある。権利条約を日本の中で本当に受け入れた感じがする。

 とはいえ、ここが出発点とも言える。権利条約はまだ国民の中に浸透していない【図参照】。子どもに浸透させるには、子どもに日常的に接する親や教師をはじめ、地域で子どもに関わる行政職員や地方議員、国レベルで子どもに関する法律や政策を作っていく国会議員、メディアで情報を発信する大人が権利条約を知っていかなければならない。

■意見を聴くという意識重要/権利の享受、地域差に注意

 ――今後、取り組みをどう進めるべきか。

 大谷 子ども関係の政策を考える際に、子どもの意見を聴くという意識改革がどこまで浸透するかが重要だ。大人の都合や考えで進めることは、権利条約の精神に合致しない。

 虐待やいじめなど以前からある問題に対して、子どもの権利という視点から今後も対応していくことはもちろんのこと、気候変動問題やメンタルヘルス、デジタル、AI(人工知能)などの問題についても子どもの権利に関する問題であると認識して、子どもの意見を取り入れながら解決策を導くことが必要だ。

 特に気候変動問題については、世界的に子どもの人権を脅かす深刻な人権問題として議論されている。日本のメディアの報道は国内問題が中心であり、世界で議論されていることとのずれを感じる。世界で起きている問題や視点を早くキャッチして、いろいろな取り組みを学んで取り入れていくことが大切だ。こども家庭庁を中心に国際的な議論へのアンテナを強めてほしい。

 また、子どもの権利の享受に格差が生じないことが大切だ。男女や障がいの有無、親がシングルか、経済状況、国籍などが格差につながることが多いが、忘れられがちなのは、どこの地域に住んでいるかで生じる格差だ。

 例えば、教育や医療、虐待からの保護、障がいのある子どもとその親への支援、文化的な機会などに、地域による格差が起きやすい。国連の子どもの権利委員会で、各国の審査をしている中で、常に地域による格差には注意を払っている。日本も例外ではない。この問題は、子どもの権利の問題として、今まであまり意識されてこなかったが、権利条約の2条「無差別原則」が基本法に盛り込まれたことによって議論が進むことを期待したい。こども家庭庁が各自治体の情報を吸い上げて、全ての子どもが平等に権利を享受できるよう自治体を支援していくことが国としての責任でもある。

 ――公明党に対しての要望は。

 大谷 子どもにとって一番近い世界は家庭、学校、地域と言われている。国政はもちろん大事だが、子どもが住んでいる身近な地域で権利が守られ、サービスを受けられているかが重要だ。その意味では、地方議会に多くの議員がいる公明党には、子ども政策の推進を期待したい。

 その際に市民社会の力も必要であり、しっかり連携してもらいたい。

 権利条約が盛り込まれたこども基本法が政策に反映され実施されるためには、子どもオンブズマンや子ども議会など各自治体での取り組みも踏まえ、子どもをパートナーと認識して、子どもたちの声を聴き、取り入れながら、議論してもらいたい。


 おおたに・みきこ 1964年、大阪府生まれ。90年から弁護士。2017年から日本人初の国連子どもの権利委員会委員。21~23年に委員長を務めた。