経済
国際競争力高める「標準化戦略」
ルールを“守る側”から“つくる側”に

2024/05/27 6面
 日本は国際標準などのルールに基づいて良質で安価な製品を作り、経済成長を遂げてきたが、今後はルールを自ら形成し、グローバル市場を創出・開拓する戦略が欠かせないという。現状を追うとともに、国際標準化戦略に詳しい多摩大学の市川芳明客員教授に課題と展望を聞いた。


■新たな価値軸で市場創出/人材不足や経営への浸透課題

 どこでもコンセントが使えたり、消火栓とホースが適合したりするのは寸法や形状が国内で標準化されているからだ。国内規格JIS(日本産業規格)や、国際規格のISO(国際標準化機構)、IEC(国際電気標準会議)など標準規格は製品の互換性向上や品質保証などでユーザーに多くの恩恵をもたらしてきた。

 標準化をめぐってはルールづくりを主導してきた欧州や米国の動きが活発だ。近年では、標準を策定する国際機関で中国が議長ポストを積極的に獲得するなど台頭しており、日本は立ち遅れているという。

 例えばICカード(非接触IC規格)では2001年、オランダ・フィリップス方式と米国・モトローラ方式がISO、IECに採用され、交通系ICカードなどに搭載されているソニーのフェリカ方式は不採用に。これにより日本はデータを活用する経済活動の核となる決済基盤の競争で後塵を拝することとなった。

 一方、日本が優位に立ったのはエアコンの冷媒だ。ダイキン工業はISOの分類改定に成功し、より環境に配慮した自社の冷媒を新カテゴリーで標準化した。特にインド国内での規格化も進めシェアを拡大した。

 制御機器メーカーのアイデックは押しボタンスイッチの標準をめぐって浮沈を味わった。欧米規格が国際標準となり同社のスイッチは一時、売り上げが大幅に下落。その後の取り組みで同社規格の国際標準化を勝ち取り、今では世界市場のシェア90%を占める。

■技術で勝ってビジネスで負ける状況の転換が急務

 標準化活動の普及・促進をめざす経済産業省は昨年6月、審議会の一つで「日本型標準加速化モデル」を取りまとめた。ここではルール形成をめぐる日本企業の実態として、経営戦略としての標準化への認識不足や専門人材の不足などを指摘【グラフ参照】。経産省は「新市場創造型標準化制度」など支援制度を創設したほか、標準化人材のデータベース化など課題克服への施策を進めている。

 国際競争が激化する中、日本が“技術で勝ってビジネスで負ける”状況を転換するにはルールをつくる側になり、新たな価値軸を示す標準化戦略が鍵となる。

■多摩大学ルール形成戦略研究所 市川芳明客員教授に課題と展望を聞く

 ――国際標準化戦略が重要視されています。

 社会課題の解決型ビジネスがグローバル市場の要請となる中、脱炭素や循環型経済などで新しい価値軸の創出が期待されている。特に、日本は少子高齢化や防災・減災などの課題で世界の最前線に立っており、解決をめざす製品やサービスの標準化などルール形成の主導権を握りたい。しかし「標準化はビジネス戦略の要」という認識が当たり前の欧米の動きは強力で、日本は自ら「仕掛ける側」に回り切れていない。

■大規模な専門家ファーム(団体)必要

 ――日本が標準化をめざす分野は。

 インフラ整備や予測精度の向上などの防災対策は実は日本独自のもので、地域の災害リスク評価に減災への工夫が反映される仕組みを国際標準にしようと動いている。ただ世界では被災の損害は保険で賄うというリスクファイナンスが主流だ。リスク評価によっては保険料も下がるわけで、欧米は抵抗するだろう。

 しかし減災への投資が当たり前になって初めて、日本が得意とする地震計や全国瞬時警報システム「Jアラート」、耐震化などの技術が海外に普及する。標準がなければ卓越した技術も出番がないということだ。

 こうした取り組みについて主要政党では、公明党が2022年の参院選政策集に「防災ISOの策定」を掲げており感銘を受けた。

 ――高齢化対策も日本は先行できそうですが。

 ところが「高齢化社会」のISOの専門委員会はすでに英国の提案で作られリードされている。日本は遅れを取り戻そうと、「健康経営(データヘルス)」や高齢者が地域で安心して暮らせる体制「地域包括ケアシステム」を世界標準とするための活動を開始しており、健康経営はまもなく日本主導の作業部会が国際標準を完成させる見込みだ。

 一方、日本の介護技術は世界最高水準といわれ、中国でビジネス的に成功しているという。しかし国際標準を持っていない。「ヨガはインド発祥だがインストラクター認証の総本山は米国」という事例もある。同様に、諸外国が先に介護技術の標準を作ってしまうことも十分に考えられる。標準化戦略を軽視するとお株を奪われかねない。

■防災、介護など世界で主導権を

 ――標準化戦略の強化には何が必要でしょうか。

 まず、日本企業が標準化戦略の重要性を理解することが大事だ。その上で行政にも、社会課題の解決をめざす法令や政策の立案時に海外展開を見越すことを求めたい。欧州では法令に「国際展開をめざす」と平気で書かれている。日本産業の競争力強化につなげるシナリオを織り込むことで具体的な実施に向け、標準を形成する動機になる。

 また、標準化を担当する強力な組織が必要だ。例えば英国規格協会(BSI)は年商1000億円超、従業員5000人の規模。日本にも独立行政法人などの形で、同規模の「標準化の専門家ファーム(企業や団体)」が欲しい。

 ――なぜ専門家ファームが必要なのでしょうか。

 現状の日本では標準化活動は原則、個々の企業や業界団体が発起人となり進める。欧州では民間主導だけでなく、政策原課(担当課)が規格団体に要請する場合も多い。個々の企業や業界団体では、特に業界を横断する事業、例えば温室効果ガス削減やスマートシティ構想などで活動を担いにくい。これでは国策としての標準が作れない。

 標準化は市場創出や開拓などマーケティング戦略そのものだ。社会課題の解決以外にも和食など、日本が標準化し、認証することで市場を創出したり拡大したりできる商品やコンテンツは多い。政治の側からの強力な後押しに期待したい。


 いちかわ・よしあき 1979年、東京大学工学部卒。日立製作所で国際標準化推進室主管技師長や研究開発戦略室技術顧問を務めたほか、ISO専門委員会議長などを歴任。日本の標準化戦略をけん引してきた。工学博士(東京大学)。『「ルール」徹底活用型ビジネスモデル入門』(第一法規)など著書多数。