土曜特集
企業の基幹システム老朽化で“2025年の崖”迫る
千葉工業大学教授 角田仁氏に聞く

2024/06/01 4面


 企業の基幹システムが老朽化などで相次いでトラブルを引き起こし、大きな損失につながる――。こうした問題を指摘した「2025年の崖」が目前に迫る中、実際に企業でのトラブルなどが顕在化している。課題克服に向けた企業の現状などについて、千葉工業大学教授の角田仁氏に聞いた。


■障害続出の懸念大きく/経済損失、年12兆円との推計も

 ――「2025年の崖」とは。

 角田仁教授 みずほ銀行で相次いだシステム障害や、今年4月に発生した江崎グリコの基幹システムの切り替えに伴う出荷停止などは生活にも影響を及ぼしている。トラブルの要因について、個別の事例に言及するのは難しいが、日本企業全体を見ても近年、システム障害は増えている。

 こうしたシステム障害が25年以降、急速に増加し、企業活動や社会生活に大きな打撃を与えることへの懸念が「2025年の崖」と呼ばれている。日本企業の生産・販売管理などの基幹システムは、稼働年数が長く、時代遅れになったものも多いことなどが背景にある。

 「2025年の崖」は、18年に経済産業省が公表した「DX(デジタルトランスフォーメーション)レポート」で指摘された。この中では、基幹システムの刷新が進まなければ、システム障害などによる経済損失が推計で年間12兆円に上るとされている。もはや、古くなったシステムの更新・刷新は避けられない。

 ――なぜ、システムの刷新が必要なのか。

 角田 基幹システムの稼働期間が長くなると、技術的な面で老朽化が進むだけでなく、設定変更を繰り返すことなどでシステム自体が複雑化・肥大化していく。構築当時を知る技術者が退職してしまい、システムの詳細が不明になるブラックボックス化も少なくない。

 こうした状況の基幹システムにトラブルが発生すると、原因究明や対処に手間取り、最悪の場合、機能不全に陥ってしまう。システムを理解している人材を育成し、ノウハウを継承していくには、10年に1回程度、基幹システムの刷新が必要だが、20年以上稼働しているケースも見られる。

 また、デジタル技術を活用して、これまでにない商品・サービスを生み出したり、ビジネス自体を変革したりする「DX」は企業の発展のカギ握る。進めるには、社内の各種データを連携させて、利活用していくことが不可欠だが、古い基幹システムでは難しい。その保守・運用に人材が割かれるため、DXの取り組みが進みにくくなる恐れもある。

 ――日本でのシステム障害で多い要因は。

 角田 大きな要因の一つが「複雑化」だ。日本の大手企業の基幹システムは、この20年ほどで桁違いに複雑になり、小手先の改修などで、どうこうできるものではなくなっている。トラブル回避、DX推進へ、基幹システムを“一から作り直す”ことが求められている。

■刷新ためらう経営者/決断しても技術者不足に直面

 ――刷新が進まない背景は。

 角田 基幹システムの刷新は重要だが、膨大なコストがかかる上に、社会問題にもつながりかねない大きなトラブルが発生するリスクも伴う。それ故に、企業経営者は、刷新をためらう。その必要性は分かっていても、問題なく稼働する限り、刷新を先送りにしてしまいがちだ。だが、その間にも、老朽化や複雑化、ブラックボックス化が進み、トラブル発生のリスクは日に日に高まっていく。

 また、日本では、基幹システムの構築や刷新を、ベンダー企業(開発側)に丸投げするケースも多い。そのため、将来的な事業展望や経営戦略の具体化に向けて積極的に基幹システムを刷新しようという機運が企業内で高まりにくい。

 ――取り組み加速に向けた課題は。

 角田 危機感を覚え、取り組みを進めようと決断する企業は増えているが、いずれも直面しているのが、人材確保の難しさだ。

 デジタル人材に関して、日本が抱える大きな課題が3つある。一つは「量」の不足だ。国内のデジタル人材は増えており、昨年は144万人で米国、インド、中国に次ぐ世界第4位だったが、それでも足りない。経産省の19年の予測では、30年には約79万人が不足するという【表参照】。

 もう一つは「質」だ。デジタル化が急速に進む中で、現場で実際に必要とされるスキルも高まっており、それに見合う人材の確保が難しくなっている。

 最後に「配置」の問題がある。日本では、デジタル人材の8割近くがベンダー企業に属し、ユーザー企業のIT部門に人材が足りていない。米国ではこの比率が逆転している。基幹システムの刷新や本格的なDXの取り組みを進めるためには、ユーザー企業側で人材育成を進める必要がある。


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■社内での人材育成が急務

 ――企業内でのデジタル人材育成へ、何が必要か。

 角田 日本企業では長年、幅広い部署や業務を経験させるゼネラリストの育成が重視されてきたが、デジタル分野を専門とするスペシャリストの育成に力を注ぐことが必要だ。人事や労務面などでも、専門性の高い人材が働きやすくなり、十分に評価されるような制度の構築が大事になる。

 また、社員向けにデジタル分野でのリスキリング(学び直し)を推進することも有効だ。とはいえ、「研修を実施しただけ」では、効果に疑問が残る。「学び直し」で実際に「社内での職種変更」につながるようにしていくことが大事だ。

■学校教育、大学の強化が不可欠

 ――学校教育について。

 角田 実は、わが国のデジタル人材育成の最大のネックとなっているのが、大学と言える。その強化が不可欠だ。

 日本の理系大学生の割合は2~3割で、他国に比べて低い。大学には情報系の学部も、デジタル分野の素養を備えた教員も少ない。そのため、スキルの高い技術者を育成するための本格的な教育を行う基盤が乏しい。国は「DXハイスクール構想」などで高校生までの理系人材の育成を進めているが、そこを卒業した後の進路には不安が残る。大学でデジタル分野をしっかり学んでいけるような受け皿の確保は、喫緊の課題だ。

 23年度の「世界デジタル競争力ランキング」で、日本は過去最低の32位となった。「2025年の崖」を克服し、国際的なデジタル競争を勝ち抜いていくためにも、人材育成や規制緩和など、国を挙げたさらなる取り組みの強化が求められている。

■4割超が“古いまま”

 18年のDXレポートで「2025年の崖」が指摘されてから6年あまりが経過したが、企業の基幹システムの刷新は、滞っているのが現状だ。

 一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会の「企業動向調査報告書2024」によると、IT(情報技術)ユーザー企業約1000社のうち、23年度に社内の基幹システムの中で老朽化したものが「ほとんど」(26・3%)、「半分程度」(14・4%)を占めていると答えた企業が4割を超えた。この割合は、21年度からの3年間でほとんど変化していない。

 また、デジタル人材については、社内のIT部門全体として「人員・スキルともに不足している」と回答した企業が約6割に上っている。


 つのだ・ひとし 東京海上日動でIT企画部参与などを歴任。2018年に筑波大学で博士号を取得。博士(システムズ・マネジメント)。デジタル人材育成学会会長。複数の自治体で、デジタル化の取り組みを支援するCIO補佐官を務める。21年から現職。