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地域の課題解決担うゼブラ企業創出へ
中小企業庁が基本指針を策定/経済成長と両立めざす

2024/04/08 6面
 時価総額を重視するユニコーン企業と対比させて、社会課題解決と経済成長の両立をめざす企業を、白黒模様のシマウマに例えてゼブラ企業と呼ぶ。2017年に米国で提唱され、近年、日本でも注目を集めている。中小企業庁は、地域における社会課題解決の担い手となる企業を「ローカル・ゼブラ企業」と位置付け、その創出・育成に向けた基本指針を策定した。基本指針の概要を紹介するとともに、ゼブラ企業創出の意義や課題について、大阪大学大学院の安田洋祐教授に聞いた。


■事業推進のポイントを整理

 少子高齢化の進行で地域が抱える課題が多様化・複雑化する一方、本来その解決を担うべき地方自治体では人口減少などにより税収や人材が不足し、提供できる行政サービスの縮小が見込まれる。そこで期待がかかるのがゼブラ企業だ。

 「行政が担っている課題でもビッグデータの整備やAIなどの技術により、ビジネスとして取り組める領域が徐々に増えている」(中小企業庁の担当者)ことや、経済的リターンと社会課題解決の両立を目的とした「インパクト投資」が世界的に増えていることが背景にある。世界全体では2017年から22年までの5年間に市場規模が10倍に拡大している【グラフ参照】。

 こうした中、国は昨年6月決定の「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)に「インパクト投資等を呼び込む中小企業(いわゆるゼブラ企業など)の創出と投資促進」を明記。これを踏まえ中小企業庁は、ローカル・ゼブラ企業創出の参考となる「地域課題解決事業推進に向けた基本指針」を策定し、3月1日に公表した。

 小規模事業者を対象とした民間のアンケート結果に基づく中小企業庁のまとめでは、地域課題解決事業を始める上での課題として「人材の不足」(35・1%)が最も多く、「資金調達が必要」(14・9%)、「課題を共有するコミュニティーが必要」(14・3%)などが続く。基本指針ではこうした点を踏まえ、ローカル・ゼブラ企業が事業に取り組む上で注意すべきポイント【表参照】を整理した。

 まず、金融面では、創業期から、事業が軌道に乗って成熟期に至るまでの資金調達の方法を紹介。その上で、例えばベンチャーキャピタルなどから出資を受ければ多額の資金を調達しやすい反面、経営権の譲渡などのリスクが発生するといった留意点を挙げつつ、将来的な事業の主導権を失わないよう戦略的な資金調達が必要だと指摘している。

■社会的効果の“見える化”重要

 また基本指針では、事業内容や、社会に与えるインパクト(社会・環境的な効果)を“見える化”する重要性を強調する。資金調達や人材確保を含め、域内外の事業者や団体の協力を得ていく必要があるためだ。

 事業の可視化に取り組む事例としては、農家の所得向上や、女性の健康課題の解決に取り組む株式会社陽と人(福島県国見町)を紹介している。同社では、自社事業がどのような流れで社会に影響を与えていくかを可視化して広く発信。これにより、事業に共感する消費者や資金提供者からの信頼獲得や、従業員の働きがいの向上につながっているという。

 このほか基本指針では、企業の成長を支える「地域中間支援」の必要性を指摘。その担い手として、地域の金融機関や中核的な企業、自治体を挙げた。

 中小企業庁は今年度、基本指針を踏まえながらローカル・ゼブラ企業の創出促進に向けた実証事業を実施する。社会課題解決事業の成果を定量・定性的に把握し、価値判断を加える「インパクト評価」の手法の確立などに取り組む方針だ。

■社会的意義求める投資増に期待/大阪大学大学院 安田洋祐教授

 ―ゼブラ企業を創出する意義は。

 安田洋祐教授 まず、本当にもうかっている企業によって社会課題も自然と解決されていく、という従来の営利企業に頼るアプローチには限界があると考えている。多くの場合、企業の寿命が短いほか、出資者の意向に従って短期的な利益を追求せざるを得ないためだ。短期の営利活動と社会課題の解決は相性が悪いケースが多い。

 一方、営利活動と完全に切り離された公的機関によるアプローチでは、税金に頼ることが多いため、予算が付かなければ事業も続かない。利潤を無視して活動するのも弊害がある。ビジネスを通じて長期的に社会課題を解決するフレームワークがゼブラ企業という認識だ。新しい試みで期待感がある。

■情報開示を工夫し信頼獲得を

 ―ゼブラ企業の創出にはどういった課題があるか。

 安田 企業の目標や事業の進捗が投資家などステークホルダーに伝わりにくいことは課題だ。営利企業なら決算報告や財務諸表で、利益率の拡大目標に対する達成度などの状況が分かるが、利潤の追求を目的としない企業では、目標に対する進捗を定量的に測ることが難しいのではないか。

 仮に企業の目標が「地域の人がさらに住みやすい街づくり」だとして、ステークホルダーにとってみれば、何を持ってその進捗を確かめられるか分からず、判断しにくい。企業や投資家などの間で持っている情報が同等でない「情報の非対称性」が生まれやすいため、企業はステークホルダーの信頼を得られるよう、情報開示を工夫し、共感してもらえるような発信をする必要がある。

 ―ほかには。

 安田 社会課題を1社だけで解決する難しさがある。例えば、環境問題に関心の高い製造業が二酸化炭素の排出削減に取り組むためにコストをかけると、何もしていない同業他社に比べて利益率が下がる。先進的な取り組みを進めた結果、業界内でのシェアが縮小し、課題解決からも遠のいてしまうといったジレンマがある。これを乗り越えるためには、同様の目標を掲げる企業とコンソーシアム(共同事業体)を組むなど、自社だけが割を食わないように連携することも重要なポイントだろう。

 ―国の取り組みについて、どう見るか。

 安田 ゼブラ企業という概念がまだ世間に広く認知されていない中、基本指針の策定は理解を促進する契機になると思う。金銭リターンだけでなく社会的な意義を求める投資の増大や、優秀な働き手の関心が高まることを期待している。

 ただ、注意したいのは、国は特定の分野を奨励するような介入をすべきでないということだ。一度、助成金や減税などの金銭的なインセンティブが働くと、本来、生まれなかったゼブラ企業が出現することがある一方、実現していたかもしれない事業を抑制してしまう危険性がある。

 ―今後、国に期待することは。

 安田 全国の自治体におけるゼブラ企業の数や事業規模といった指標を整理して、比較できる土台をつくるのも面白い。まずは定期的に実態を捕捉して人口当たりのゼブラ企業の数が見えるだけでも、積極的な自治体にとっては注目されるきっかけになる。日本中に広めていく後押しになるのではないか。


 やすだ・ようすけ 1980年生まれ。東京大学経済学部卒。米国プリンストン大学でPh.D.(経済学)取得。政策研究大学院大学助教授などを歴任し、2022年より現職。20年に株式会社エコノミクスデザインを共同で創業し、コンサルタント業務やオンライン教育サービスを行う。