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地方公会計 課題は「活用」
行政マネジメント、議会審議にどう生かす

2024/04/01 6面
 自治体に導入された地方公会計の活用が進んでいない。「統一的な基準」の公表から10年が経ち、財務書類などの作成までは定着した一方で、行政マネジメントや議会審議に生かしている自治体は、少数にとどまる。総務省は研究会を立ち上げ、活用促進に向けた議論を進めている。首長のリーダーシップの下で、財務情報を利活用して、事業別の行政評価や公共施設マネジメントなどに取り組む先進事例を追う。

■統一基準公表から10年/財務書類作成は定着したが…

 「公会計制度が整えば、各自治体で活用され、さまざまな改革が進展すると考えていたが、見通しが甘かった」。20数年前から地方公会計の設計や実装化支援に携わってきた会計学研究者は、ため息をつく。

 自治体財政の“見える化”をめざして、地方公会計の「統一的な基準」が公表されたのは、ちょうど10年前の2014年4月。企業会計と同じ「発生主義」の導入で、資産、負債の増減や在高といったストック情報が明確になった。現金の出入りだけを記録していた従来の歳入歳出予算(決算)を補完する。

 これによって、▽住民や議会に対する説明責任(アカウンタビリティー)の向上▽公共経営におけるマネジメントへの活用――が期待されたが、実態は、そうはなっていない。

 総務省によれば、9割を超える自治体が、統一的な基準に従った財務書類や固定資産台帳を作成している一方で、「施設別・事業別の行政コスト計算書などの作成」や「議会における説明資料として活用」を実践している自治体の割合はいまだ、低い水準にとどまっている【表参照】。

 こうした現状を踏まえて総務省は、22年8月から、有識者らによる「今後の地方公会計のあり方に関する研究会」を開催し、「地方公会計情報の一層の活用方法の検討」(同研究会資料)などを行っている。

 「中間とりまとめ」では、老朽化などの課題が指摘される公共施設について、短期のマネジメントに加えて、ライフサイクルコストを含む中長期的な分析を行うため、「減価償却など発生主義に基づく地方公会計情報が必要」など論点が示された。

【先進自治体の取り組み】

■課別・事業別に行政評価/東京・町田市


 東京都町田市がマネジメントに活用しているのが、「課別・事業別行政評価シート」。12年度に導入した新公会計制度を用いて、課や事業ごとにコスト等の財務情報を算出。事業の成果といった非財務情報も考慮しながら分析を行う。

 「事業の成果にコストは見合っているか」「人員配置は適正か」「資産は活用されているか」など、課題の発見や今後の取り組みの明確化を図り、次年度予算編成につなげている。

 行政コストは、人件費や施設の減価償却費を含む“フルコスト”で計算。事業別シートにおいて、「給食1食」「図書館開館1日」という単位当たりのコストと財源構成も示す。

 22年度決算では、120事業と101の課など計225の評価シートを作成し、24年度予算編成に反映させた。、約3・7億円分を見直す一方で、約55・5億円の増額分を、オンライン行政手続きなど拡充が必要な事業に充てた。

 12年度決算を認定した14年度からは、評価シートを同市議会に提出しており、審査資料として活用されている。議会関係者によると、行政サービスの経済性や有効性など、データに基づく議論が増えたという。

■公共施設の戦略的管理へ/三重・四日市市

 三重県四日市市は、「施設別行政コスト計算書」を活用した公共施設マネジメントに重点を置く。高度経済成長期に整備された公共施設が多く、老朽化への対応が、市政の大きな課題になっているからだ。

 22年度決算は、設置条例のある61施設が対象で、施設ごとに純経常行政コストを計算する。住民1人当たりの同コストや、老朽化度を示す建物減価償却率を求め、他施設と比較するなど、管理運営効率化を検討する指標としている。昨年3月に策定した「行政改革プラン2023」には、「(公会計情報を活用し)公共施設の戦略的マネジメントに取り組む」と明記した。

 一方、同市議会は8月定例会での決算審査で次年度予算編成に関する「市長への提言」をまとめ、翌年2月定例会で反映状況をチェックするなど、独自の政策サイクルに取り組んでいる。このスケジュールに合わせ、市側は迅速な財務書類の作成・開示に務めている。

■住民向けの冊子を作製/京都・精華町

 住民に情報を伝える工夫を行っているのが京都府精華町。決算情報を解説する「まちの家計簿」【写真】と、予算のあらましをまとめた「まちの羅針盤」の両冊子は、「幅広い財政情報をコンパクトに分かりやすくまとめており、完成度が高い」と評価されている。

■議員こそ公会計の主役/関西大学名誉教授、政府会計学会顧問・柴健次氏

 公会計が有効に活用されるためのポイントや課題について、関西大学名誉教授で政府会計学会顧問の柴健次氏に聞いた。柴名誉教授は「議員こそが公会計のプロでなければならない」と、議会の役割に期待する。

■目的は「公金を賢く使う」こと

 ――まず、公会計の意義について確認させてください。

 一言で表すと「Spend Public Money Wisely」、つまり「公金を賢く使う」ということだ。英国会計検査院の標語になっている。一方、公会計改革においては「3E」、すなわち経済性(Economy)、効率性(Efficiency)、有効性(Effectiveness)の三つが追求される。これらのため、「公会計情報を賢く使う」必要があるが、諸外国の先例に比べると、わが国ではうまくいっていない。

 ――その要因をどう分析しますか。

 公会計を誰のために、何のために使うのか、という視点が欠けているからだ。理念的には国民、住民のための情報開示だが、投資家という明確な対象がある企業会計と違い、曖昧で飛躍がある。また、住民が自らの意思決定のために、公会計情報を要求し利用するべきだが、そうはなっていない。

 ――住民まで届くのは難しくても、代表である議会は活用できるはずです。

 その通りで、公会計の主役は議会であり、議員こそ“最も公会計に詳しいプロ”でなければならない。予算、決算の審議では、従来のように、議論になりそうな箇所の要点を事務方がまとめた資料に頼るのではなく、財務情報の提出を求めるなど、公会計の知見を生かしてもらいたい。「素人です」では通らない。これまで歳入歳出予算で意思決定してきたではないか、という主張もあるが、財政規律の働く予算が組めたかどうかを評価するところに、会計の役割がある。

 ――公会計の活用をめぐる行政側の課題は。

 行政職員は法令に基づいて動いているが、わが国では地方自治法などの改正や会計基準の設定を行っていない。かつては日本より公会計改革が遅れていた韓国は、法制度を一気に整備した上、自治体に会計システムを配布し、日本を追い抜いてしまった。日本の公会計システムの多くはベンダー(ソフトの提供会社)任せで、各科目にまたがるコストをリンケージ(関連付け)して事務事業や施策に集約したり、後追いできる仕組みになっていない。

 ――今後の展望を聞かせてください。

 公会計改革の前提には意識改革が必要で、その逆ではない。民主主義やガバナンスを強化し、より良い行政、政治、社会づくりを追求する意識を持つことが重要だと強調しておきたい。


 しば・けんじ 1953年、大阪府出身。博士(商学)。大阪府立大学教授、関西大学教授などを歴任。日本会計教育学会会長などを務めた。編著作に、『市場化の会計学―市場経済における制度設計の諸相』(単著)、『公共経営の変容と会計学の機能』(編著)など多数。
市民に分かりやすく伝えるために作成した行政評価シートのダイジェスト版
まちの家計簿