土曜特集
デジタル時代、働き方改革への視点
東京大学社会科学研究所教授 水町勇一郎氏の講演から

2024/03/30 4面
 少子高齢化で労働力人口が減少する中、デジタル技術の進展やスマートフォン(スマホ)など端末の急速な普及に伴って働き方は大きく変化している。5、14両日の公明党の会合では、東京大学社会科学研究所の水町勇一郎教授が講演し、デジタル時代の働き方改革に向けた視点について語った。要旨を紹介する。


■生産者と消費者“直結”可能に/「プラットフォーム就業」急増

 働き方改革は、新たなステージに入ってきている。

 世界的な背景として、デジタル化がある。デジタル技術の急速な進展により、商品やサービスを提供する側(生産者)と、それを利用する側(消費者)をつなぐプラットフォーム(基盤)を提供するビジネスが台頭している。以前は生産者をトップに、卸売りや小売りのような中間組織が介在するピラミッド型だった産業構造が大きく変わり、生産者と消費者がインターネットを通じて直接つながる形でフラット化している。

 こうしたデジタル化の進展は、働き方の大きな変容も招いている。企業はこれまで、労働者を直接雇用してオフィスなどに出勤させる形で労働力を確保していたが、ネットワーク化が進み、コスト削減の観点から企業内部に抱えていた労働力を外部化する動きが広がっている。

 これを可能にしているのも、企業側と働く意欲のある個人をマッチング(引き合わせ)できるデジタルプラットフォームだ。ここを介して仕事を得る「プラットフォーム就業者」が世界的に増えている。

 プラットフォーム就業者は、スマホなどでアプリケーション(アプリ)に接続し、その指示を受けて働く。大量の情報を集積したビッグデータと人工知能(AI)を駆使したアルゴリズム(計算手順)に基づくアプリの指示は、瞬時に効率的な業務を導き出せるため、食事宅配サービスの配達員や、一般人が自家用車を使い有償で客を運ぶライドシェア、家事代行などでも利用が広がっている。欧州連合(EU)では2025年に全労働者の19%に上るだろうといわれている。

■労働法制、見直し迫られる/厚労省「研究会」設置し議論開始

 デジタル化に伴う内外の大きな変化の中で、世界的に労働法制のあり方の見直しが迫られている。今日の労働法や社会保障法は、19世紀以降に工業化が進む中、上司である人間の指揮命令の下、工場で集団的に働く人に保護を与える目的で形成された歴史的背景がある。個人がインターネットを通じて自由に仕事を受注できる新しい働き方が広がる中、従来のような雇用関係にない就業者の法的保護が課題となっている。

 働き方改革関連法の施行から4月で5年となる日本では、厚生労働省が有識者でつくる「労働基準関係法制研究会」を設置し、働き方の多様化に合わせた労働法制のあり方のさらなる見直しに向けた議論を開始している。

■人間に指示出す「アルゴリズム」/功罪踏まえ適正利用図れ

 現行の日本の労働法制も、労働者が同じ時間・場所に集まって、使用者の指揮命令に従う働き方が前提となっている。一方、デジタル化が進展し、就業の実態は人間による監督・指揮命令から、デジタル機器を活用したアルゴリズムによる監視・指示に変化してきている。

 アルゴリズムをはじめとしたデジタル技術が普及し、人々の経歴や行動、性格、感情を含むあらゆる情報が収集・分析の対象とされる世界が広がった。例えば、パソコンやスマホなどの検索履歴から趣味・趣向が分析されたり、装着可能な時計やメガネといったウェアラブル端末で労働者の作業を管理したりすることも考えられる。こうしたアルゴリズムによる監視から、働く人々の私的領域や人間性をいかに守るかが重要な課題となっている。

 労働関係での個人情報保護では、情報収集の目的を限定することが重要だ。ただ、アルゴリズムによる監視は、労働者の身体的・精神的な負荷を増大する側面とともに、健康情報の把握によって病気や事故の発生予防につながる側面もある。功罪の両面を認識して適正な利用を図るべきだ。

 ビッグデータの中には、例えば、出産や子育てなどの理由が考慮されないまま“女性は勤務歴が短い”といった差別的な情報が生まれ、それに基づく処理が行われる場合がある。人事などで不利益を受ける人が出る可能性があり、差別抑止への対応も欠かせない。

 故に、アルゴリズムを労働者のプロファイリング(人物像の分析)に活用する場合には、きちんと人間が関与して責任の所在を明らかにする必要がある。差別問題などが出てきた場合の不服申し立ての権利を認めるなど、事前に分析結果の用途などを従業員代表機関と協議した上で活用するかを決めるべきだろう。

 欧州では、企業レベルではなく産業レベル、全国レベルで労使協定が結ばれている。日本でも、労働基準法制だけでなく労働契約法制も含めて、大きな枠組みで個人を守る基盤を確立することが急がれる。

 プラットフォーム就業者だけでなく、純粋な自営業者なども含めた“働く人”を適切に保護する観点から、労働や社会保障の法制、税制を結び付けて、多様な就労形態に合わせた総合的なセーフティーネット(安全網)を構築することも重要な課題となる。

■新技術生かす人材育成を/AIにない能力の形成が重要

 工業化の時代は、大工場を作れる資本家だけが人を雇って使用者になる構造だった。デジタル時代は、質問を通じて文章や絵を生成する「チャットGPT」といった最先端の技術でも、ほぼ無料で誰でも使用できる。こうした状況下で、大きな工場がない中小企業でもアイデアを持つ数人が集まれば、インターネットを通じて世界に商品やサービスを提供でき、生産性を高められるチャンスがある。

 新しい技術が次々と生まれる中で人間に必要とされる技能は、例えば自動車工場であれば、生産管理ソフトを作成したり操作したりする能力だ。既に工場では人間に代わって多くのロボットが働いているが、不具合があれば修正して保全管理するスペシャリストが必要になる。しかし、こうしたデジタル人材が日本には圧倒的に少ない。

 一方、ビッグデータとAIを駆使すれば高速で情報処理を行えるが、将来のことは考えられない。新しいものを創り出す創造力や、人に優しく接するといった感情を含めた対人スキル、価値判断などは人間にしかできない。病気の治療を例に挙げれば、AIは治療の選択肢を複数示せても、最終的に治療法を選ぶのは医師だ。AIと人間をすみ分けて、主体的な能力の形成を促す支援が求められる。

 中小企業にとってデジタル人材確保は大きな課題だ。デジタル人材と企業のマッチングを促す基盤整備や、デジタル人材育成に向けた伴走型支援はニーズが高い。こうした政策の検討も進めるべきだ。


 みずまち・ゆういちろう 1967年生まれ。東京大学法学部卒。東北大学助教授、パリ・ナンテール大学客員教授、東大准教授などを経て、2010年より現職。専門は労働法学。厚労省の「労働基準関係法制研究会」のメンバーを務めている。

食事宅配サービス「ウーバーイーツ」の配達員