解説ワイド

ウクライナの復旧・復興、日本が後押し

2024/03/06 4面

 

 2022年2月24日にロシアが隣国ウクライナへの全面的な侵略を開始してから、2年が過ぎた。今もなお、ウクライナはロシア軍による激しい攻撃にさらされ続けており、民間施設や民間人にも大きな被害がもたらされている。そうした中、ウクライナの復旧・復興に向けた支援に力を入れているのが日本だ。日本が進めているウクライナへの復旧・復興支援について解説するとともに、国内で唯一、ウクライナを専門的に研究する学術団体「ウクライナ研究会」の会長を務める岡部芳彦・神戸学院大学教授の見解を紹介する。

 

 

<解説>

■住宅、交通、商工農業など費用は10年で約73兆円か

 

 ロシアによるウクライナへの全面的な侵略の開始から2年の節目に合わせて、国連ウクライナ人権監視団(HRMMU)が先月22日に公表した報告書によると、22年2月24日から24年2月15日までの間、ロシア軍の攻撃で、少なくともウクライナの民間人1万582人が死亡、1万9875人が負傷したという。

 

 特に問題視されているのは、ロシア軍が巡航ミサイルや弾道ミサイルといった被害が広範囲に及ぶ爆発性兵器を、ウクライナの人口密集地で使用していることだ。HRMMUの報告書は、ロシア軍の爆発性兵器の使用によるウクライナの民間人の死者が8898人、負傷者が1万8818人に上ることを指摘し、死傷者全体の大半を占めていることを明らかにしている。

 

 このようなロシア軍の攻撃がウクライナにもたらした被害は甚大だ。

 

 世界銀行グループ、欧州連合(EU)の主要機関の一つである欧州委員会、国連、ウクライナ政府の4者が共同で先月15日にまとめた報告書は、ウクライナの復興には、10年間で4860億ドル(約73兆円)もの費用が必要になるとの推計を示している。

 

 その内訳を復興需要が高い分野ごとに見ると、住宅が約826億ドルと最も高く、次いで交通が約720億ドル、商工業が約680億ドル、農業が約583億ドル、エネルギーが約480億ドル、社会的保護と生計が約437億ドル、爆発危険物管理が約340億ドルなどと続いている。加えて、これらの分野の復興を進めるには大量のがれきを処理しなければならず、そのための費用として110億ドルが必要となると見込まれている。

 

 また、ロシア軍の攻撃が続いているさなかではあるが、ウクライナの住民の住まいの確保や、電力施設をはじめとする生活に不可欠なインフラの修繕といった復旧も緊急に進めなければならない。

 

■158億円の緊急無償資金協力

 

 日本はウクライナにおける緊急の復旧と本格的な復興の双方を強く後押ししていく姿勢を鮮明にしている。

 

 先月19日には、日本政府とウクライナ政府の関係者らがウクライナの復興のあり方について協議する「日・ウクライナ経済復興推進会議」が都内で開かれた。これには、岸田文雄首相とウクライナのシュミハリ首相も出席した。

 

 同会議では▽地雷と不発弾対策▽電力・エネルギー▽運輸・交通――などの分野における緊急の復旧で必要な資機材を調達するための、158億円の無償資金協力をウクライナに行うことが決まった。

 

 さらに、同会議で岸田、シュミハリの両首相が出した共同声明には、日本が官民を挙げてウクライナの復旧と復興を積極的に支援していくことが明記されている。

 

 その重点分野として、▽地雷除去・がれきの処理▽人道状況の改善と生活再建▽農業の生産性向上▽バイオテクノロジーなど新産業の創出▽デジタル化や情報通信技術(ICT)の発展▽電力や交通インフラの整備▽汚職対策――の七つが掲げられた。

 

 同会議には、日本から80社、ウクライナから50社ほどの企業も参加。両国の政府関係者を交えながら、七つの重点分野との関連で、互いに連携できる事業ごとに締結した個別の協力文書は56本を数える。

 

 ウクライナの復旧・復興に関与する日本企業などを対象に、首都キーウへの渡航制限も限定的に緩和した。外務省が出しているウクライナ全土の危険度に関する情報は最高の「レベル4」(退避勧告)を維持しつつ、具体的な安全対策の策定などを条件に渡航を容認する。

 

■高度な技術、被災経験に期待

 

 シュミハリ首相は共同声明の中で、日本の高度な技術力に加え、第2次世界大戦後の復興と地震や津波などの甚大な自然災害からの復旧における日本ならではの経験が、ウクライナの復興にとって重要であると強調している。

 

 

<寄稿>

■神戸学院大学 岡部芳彦教授

 

 基本的に、現在の日本のウクライナ支援の立場は、ウクライナ側から要請があった分野を支援することを原則としている。岸田首相の言葉にもあったように、今回の会議は、昨年3月のウクライナ訪問の際にゼレンスキー大統領から、長期の復興支援として日本の民間投資への期待があったことに端を発して開催されることになった。

 

 会議の名前が「経済復興推進会議」となっているのは、そのためである。ゼレンスキー大統領は、ウクライナ支援は慈善事業ではなく、「世界の安全保障と民主主義への投資」とし、今回、岸田首相は「未来への投資」と呼んだ。

 

■要請に基づき官民一体で推進

 

 会議で披露された「56の約束」、つまり、日本とウクライナ間の協力文書は、矢倉克夫財務副大臣とマルチェンコ財務相の間で交換された租税に関する政府間の条約に始まり、金融、インフラ、農業、デジタル分野など民間企業も参画した多岐にわたるものであった。

 

 その中には、筆者が座長を務める兵庫県のウクライナ支援検討会の成果でもある、ウクライナの2州への義肢義足技術の提供などの協力覚書も含まれている。つまり、官民一体のオール・ジャパン体制でのウクライナ復興支援への貢献のリストとも言える。

 

 また、会議に合わせて、退避勧告は維持されながらも、復興支援の関係者には、例外的なキーウへの渡航も可能となった。公明党の国会議員には、結党以来の伝統である「現場主義」の理念にのっとって、現地の実情や復興需要を把握するための早期のウクライナ訪問を勧めたい。

 

■ウクライナ国民も高く評価

 

 日本が国情から軍事的な支援が難しいことも、ウクライナ国民の間ではよく知られている。そうした中、今回の会議についてはウクライナでも広く報道されており、日本の復興支援がウクライナ国民の間でも高く評価されているのは間違いない。

 

 一方、その支援が「ウクライナ側からの要請」の原則に基づくとなると、駐日ウクライナ大使からは、ミサイルやドローンを迎撃するための「防空装備」の供与への期待の声も出ており、その声に応じる必要に迫られるかもしれない。ウクライナの各都市は現在、ロシア軍による市民を標的とした戦略爆撃にさらされ、その犠牲者の多くは女性や子どもである。

 

 今年初め、キーウを訪れた上川陽子外相は、脆弱な立場にある女性や子どもたちを守り、「人間の尊厳」が確保されるよう取り組まなければならないと述べた。人道的な見地から、防空装備のウクライナへの供与も検討時期に入っているのではないか。

 

 わが国の恒久平和主義の理念を損なわない形で何ができるのか、今、政治の役割が試されている。

 

 

 おかべ・よしひこ 1973年9月9日、兵庫県生まれ。神戸学院大学国際交流センター所長。ウクライナ研究会(国際ウクライナ学会日本支部)会長。現在、兵庫県の「創造的復興」の理念を生かしたウクライナ支援検討会座長も務める。2019年にウクライナ内閣名誉章、23年にウクライナ最高会議名誉章を受章。

宮城県東松島市の「東松島市震災復興伝承館」を訪れたウクライナ政府関係者ら=2月19日