解説ワイド
論点整理 再審制度
公明党法務部会の勉強会から

2023/12/27 4面
 東京高裁が3月、1980年に死刑が確定していた袴田巌氏(87)の再審を認める決定をし、検察が特別抗告を断念したことで、10月から静岡地裁で再審公判が始まった。棄却された81年の第1次再審請求から42年、2008年の第2次請求から15年かかった。弁護側は初公判の冒頭陳述で「再審公判で本当に裁かれるべきは、信じがたいほどひどい冤罪を生み出した司法制度だ」と訴えた。公明党は袴田氏の再審決定後、6月と11月に党法務部会で再審制度の改正を訴えている日本弁護士連合会(日弁連)と、刑事法制を所管する法務省刑事局からそれぞれ担当者を招き勉強会を開催した。この中で示された刑事再審の現状と課題について主な論点を整理した。


■(至難の冤罪救済)請求から公判まで長い年月がかかる

 「10人の真犯人を逃しても、1人の無辜(何の罪もない人)を罰することなかれ」――刑事裁判の理念としてよく使われる言葉である。

 日本もこの理念を実現するため、犯罪を裁く刑事裁判に三審制を採用している。しかし、それでも誤った裁判による冤罪は発生してきた。

 そのため、三審制の下で確定した有罪判決を覆し、冤罪被害を救済する人権保障のための「最終手段」として再審制度が用意されている。

 ところが、再審によって無罪を勝ち取ることは至難である。その理由は公明党法務部会の再審勉強会でも数多く指摘されたが、素人から見て何よりも驚かされるのが、事件発生から再審公判で無罪になるまでの期間の長さだ。

 戦後の再審で死刑囚が無罪になった事件【下の表参照】に限っても、事件発生から再審無罪になるまで29~35年かかっている。今回の袴田氏の場合、事件発生が1966年であり57年たっている。袴田氏の再審公判の審理は来年4月以降に結審するとみられている。

 こうした長期化の原因は何か。再審制度の改正を求めている日弁連は、再審の規定を定めた刑事訴訟法に不備があると強調している。

 党法務部会で日弁連は「再審の規定は500条を超える刑事訴訟法の中でわずか19条しかなく、しかも戦後の刑事訴訟法の大改正の対象にもならず、70年以上も一度も改正されていない」「再審請求審の審理に関しては詳細な手続き規定がなく、裁判所の裁量に委ねられているため、裁判所によって取り組みが積極的だったり消極的だったりする『再審格差』が生じている」と訴えた。

■(職権主義の問題)裁判所の消極姿勢で“放置”されることも

 裁判所の裁量が広く認められていることから再審制度は職権主義と言われる。

 日弁連はこの職権主義が招く「再審格差」を問題視している。

 日弁連は2023年2月(7月に改訂)の「刑事再審に関する刑事訴訟法改正意見書」で以下のように述べた。

 「再審請求手続きにおける審理のあり方については、現行刑事訴訟法第445条において、事実の取り調べを受命裁判官または受託裁判官によって行うことができる旨が定められているだけで、裁判所の広範な裁量に委ねられている」

 「冤罪被害者の救済に向けて能動的かつ積極的に活動する裁判所がある一方で、何らの事実取り調べも証拠開示に向けた訴訟指揮もせず、それどころか進行協議期日すら設定せず放置したり、事前の予告もないまま再審請求棄却決定を再審請求人や弁護士に送達したりする裁判所もある」

   ◇ 

 こうした職権主義の現状に関し、静岡地裁で袴田再審の決定に関わった元裁判官は、党法務部会で、一般論として「裁判官はまず、再審を規定した条文を確認する。しかし詳細な手続き規定はない。次に実務慣行があればそれを尊重するが、再審に向けた積極的な慣行がなければ、再審をしないという裁量権の不行使を選ぶ」と述べた。

 元裁判官は続けて「こうした構造的問題には制度的に対応すべきだ」として、詳細なルール策定を訴えた。

   ◇ 

 こうした再審制度の改革を求める声に対し、法務省はどう考えているか。

 党法務部会で同省は「再審は三審制の下で確定した有罪判決について、主として事実認定の不当を是正して冤罪被害者を救済する『非常救済手続き』だ」として、あくまで例外措置であると主張。

 さらに「再審のあり方は、『確定判決による法的安定性の要請』と、個々の事件における『是正の必要性』との調和点をどこに求めるかに関わる」と述べた。

■(手続規定の不在)証拠開示の整備など法改正を求める主張

 この例外措置という考え方について日弁連は「ドイツ法の考え方。ドイツでは通常の刑事裁判の段階から裁判官の下に被告人の有利・不利にかかわらず全ての証拠が集められる。しかし日本の場合、有罪の主張に必要な証拠しか提出されない」と反論する。

 要するに、ドイツでは通常の刑事裁判であらゆる証拠に基づく審理が行われるため、有罪確定後に証拠に基づいて裁判のやり直しを求める再審は例外措置となる。

 ところが日本の通常の刑事裁判では、被告人に有利な証拠が提出されないまま有罪が確定することもある。そのため新たな証拠が発見された場合、例外措置ではなく、冤罪被害を救済する「人権保障手続き」として再審を位置付けるべきだと日弁連は主張している。人権保障であるならば、法律による詳細な手続き規定が不在のまま裁判所の裁量に任されている再審の現状は、再検討の余地がある。

   ◇ 

 2004年の刑事訴訟法改正で証拠開示制度が導入され、通常の刑事裁判では幅広く被告人側の証拠も開示されるようになっているが、その制度が適用されるのは公判前整理手続きに付された事件だけであり第一審の事件全体の2・5%。しかも全証拠が開示されるわけでもない。

 また、再審でも裁判官が「事実の取り調べ」をすることができ、検察官保管の証拠も取り寄せ可能だが、「事実の取り調べ」をするか否かの判断は裁判所の裁量だ。そのため裁判所の消極姿勢で証拠開示が実現しない例もある。

 こうした不備を解消するために日弁連は再審手続きの規定新設、とりわけ証拠開示手続きの整備を訴えている。

■現在の仕組みと改正案

 再審は「有罪の確定判決に対し、被告人の利益のため、主として事実認定の不当を救済するために設けられた非常救済手続」(池田修・前田雅英『刑事訴訟法講義』)である。

 再審請求の理由となるのは、①原判決の証拠が偽造や偽証であった場合②原判決に関与した裁判官や捜査官が職務犯罪を犯した場合③無罪を言い渡すべき明らかな証拠を新たに発見した場合――であるが、実務的に重要なのは③である。

 再審の手続きは、「明らかな証拠」の存否を審理・判断する「再審請求審」と、再審開始決定が確定した事件について公判廷で有罪・無罪の判決をする「再審公判」の2段階となっている。検察官は「再審請求審」の再審開始決定に対して即時抗告(上訴裁判所への不服申し立て)が可能。

 この現行の再審制度に対し日弁連は、①証拠開示制度の整備②検察官の不服申し立ての禁止③手続き規定の整備――などの法改正を求めている【上のイラスト参照】。

■過去の再審公判

 戦後の事件で死刑確定後に再審公判が開かれるのは、1954年に発生した「島田事件」以来、今回の袴田氏の再審が5件目となる。

 <写真>は20日の第5回公判で静岡地裁に向かう袴田氏の姉ひで子さん(手前右から2人目)と弁護団。

 過去の4件はいずれも検察が有罪を求めたが、無罪が確定。袴田氏の再審でも検察は再審公判での有罪立証方針を決定している。

 再審は「開かずの扉」とも言われたが、最高裁が75年の「白鳥決定」で、疑わしきは被告の利益とする刑事裁判の原則は、再審請求にも適用されるとの判断を示したことから、80年代、<表>にある四つの死刑事件で再審公判が開かれ、いずれも無罪が確定した。