経済 農林水産業最前線
都市の財産・生産緑地を守り、生かす
8割が指定期限迎えた昨年、維持9割、宅地化回避へ

2023/04/24 6面
 農地として保全が義務付けられる生産緑地の多くは、昨年、税優遇の期限(30年)を迎えたが、9割弱が「特定生産緑地」に指定された。これは、公明党が推進した改正生産緑地法に基づくものであり、都市農地貸借円滑化法が追い風となっている。生産緑地の指定解除による急速な宅地化などが懸念された「2022年問題」は、ひとまず回避されたとの見方が強い。問題の背景や政府の対応策を解説するとともに、東京大学大学院農学生命科学研究科の安藤光義教授に制度改正の意義を聞いた。


 市街化区域内の農地で生産緑地の指定を受けると、30年間の営農の継続が義務付けられる代わりに、固定資産税が宅地より大幅に安い「農地評価」が適用される。また、相続税については、三大都市圏、地方圏ともに原則、終身営農が課されるものの、期間内の納税が猶予される。

 昨年、指定から30年を迎えた生産緑地の面積は、全体の約8割に当たる9273ヘクタール。このうち9割弱の8282ヘクタールが改めて特定生産緑地に指定された(昨年12月末時点)。地域別では東京都、神奈川県、大阪府などで9割を超えている。国土交通省が今年2月に発表した調査結果で明らかになったもので、同省都市計画課は「おおむねの生産緑地は引き続き維持される結果」との見解を示す。

 生産緑地は、都市農地の保全や豊かな生活環境の確保に果たす役割が大きい。しかし、多くの都市農家が制度の運用開始時の1992年に指定を受けており、昨年、指定後30年を迎えていた。30年を経過すると、所有者が買い取りを申し出れば、生産緑地の指定を解除できる。生産緑地が解除され、大量に売り出されることになれば、急速に宅地化が進み不動産市場などにも影響が及ぶとして、「2022年問題」と懸念する声が挙がっていた。

■公明後押し、「特定」制度などが奏功

 政府はこの問題を見据え、生産緑地の保全に向けた関連法改正や税制改革に着手。生産緑地の果たす役割と価値を重視する公明党も、政府への政策提言や国会質疑を通じて法改正などを強力に推進した。特定生産緑地の創設はその一つで、自治体や農業関係団体が農家に活用を働き掛けたことで、功を奏した。

 また、都市農地貸借円滑化法の施行(18年9月)により、農家が高齢化により自力で営農できなくなるなどして、生産緑地を第三者に貸し出した場合も相続税の納税猶予ができるようになったことも、指定継続を後押しした。

 国交省都市計画課は、今年以降に指定から30年を迎える生産緑地もあるため、引き続き特定生産緑地の活用を促していく方針だ。

■好評博す「都民農園」/開設1年、都市農地保全のモデルに

 都市部で住民が土に親しむ機会に――。東京都小金井市にある「わくわく都民農園小金井」は、生産緑地を有効活用し、都市農業を官民一体でPRする施設として話題を集めている【写真】。都が昨年3月に開設して以来、園内の「シニア農園」には、応募枠を利用希望者が大幅に上回っている状況。一般的な市民農園とは異なり、農家の指導を受けながら野菜栽培の技術を習得できるといった利点があるからだ。

 先月中旬、現地では、利用者がジャガイモの種イモの植え付けに励んでいた。その一人、隣接する小平市から通う下村和郎さん(57)は「自宅でプランターを使って手軽に野菜作りをしていたが、機会があれば畑で本格的にやりたかった。手とり足とり教えてもらいながら作業し、収穫したものを食べられるのは、うれしい」と笑みを浮かべる。収穫期は6月ごろの予定という。

 わくわく都民農園は、都市部の農地保全と高齢者が活躍する場づくりなどを進める都のモデル事業に位置付けられている。生産緑地の貸借制度を活用し、小金井市観光まちおこし協会が所有者から土地を借りて管理や運営を担う一方、都が農園の整備を、市が各種手続きなどを行っている。

 広さは約3000平方メートルあり、シニア農園をはじめ、▽障がい者の就労支援のための「福祉農園」▽多世代交流を促進する「地域農園」▽小中学生が野菜栽培を体験する「こども農園」――などが設けられている。

 このうち、シニア農園は50歳以上の都民が対象で、定員は50人。1人1区画(20平方メートル)ずつ割り当てられ、地元農家による座学や実習での指導を通じて年間20品目ほどの露地野菜を栽培。肥料や農具、種、苗なども全てそろう。利用料は年間5万5000円。希望すれば最長3年間、利用できる。

 「取り組みの目的は収穫自体よりも学びにある。利用者は将来的には援農ボランティアなど農業を支える側になってほしい」と同協会担当者。事業主体である都農業振興課の担当者は「この農園をモデルケースに都内の各自治体にも広げていきたい」と語っている。


■東京大学大学院農学生命科学研究科・安藤光義教授に聞く

 ――指定期限となる生産緑地の9割が継続されることになりました。

 安藤光義教授 地域差はあるものの、かなり高い実績を上げたと言ってよい。期限を迎えた生産緑地の9割以上が延長される東京都や神奈川県、大阪府などでは、新制度の活用を促した自治体や農協の奮闘が実を結んだ。生産緑地の指定が一気に解除され、都市に残された貴重な農地が消えたり、過剰な宅地供給が起こって地価が下落したりするような、当初懸念された事態はひとまず回避された。

 ただし1割の生産緑地が指定解除された意味を考える必要がある。生産緑地法が改正されてから、わずかずつ減少していたのが、ここで一気の減少となった。特定生産緑地の指定期間は10年に短縮されたが、それでも継続しないと判断した地権者が一定割合いたことだ。今後は安泰だと必ずしも捉えるべきではない。

■制度改正を重ねた成果

 ――政府・与党による生産緑地の保全に向けた法整備については。

 安藤 成果が出ていると見ている。2015年の都市農業振興基本法の制定以降、制度改正を積み重ねており、評価したい。特定生産緑地の創設はもちろんだが、制度改正の最終目標であった都市農地貸借円滑化法が18年に施行され、生産緑地を貸借した際も相続税納税猶予制度が適用されるようになったことは大きい。都市農業が盛んな市や区では、農家が生産緑地を借り入れて規模拡大を図ったり、新規就農者が参入したりする動きにつながっている。今後、生産緑地の保全を図るには、そうした先進事例を自治体間で共有し、横展開するべきである。

■追加指定促す一層の要件緩和を

 ――今後、期待する制度改正は。

 安藤 今ある生産緑地と特定生産緑地の活用・継続を基本としつつ、指定期間を大幅に短縮していくことだ。同時に指定を受ける際の面積要件の引き下げを行い、追加指定を増やせるようにすることも重要である。面積要件引き下げにかかる条例を定めていない自治体には、その制定を是非とも進めていただきたい。

 また、都市計画との関係で参考になるのは横浜市の取り組みだ。同市はかつて、市街化区域内の農地を市街化調整区域に区分し直し、そこを農業専用地域に指定した。これが転用を抑え、農地の維持に効果があったと考えている。地権者の反対があって難しいとは思うが、都市農地を永続的に残すには、市街化区域を市街化調整区域に逆線引きを行い、本格的な農業振興を図っていくことが本来の方向ではないかと考えている。

 今回の制度改正が効果を発揮するかどうかの鍵を握っているのは農家である。生産緑地の指定を受けるかどうか、特定生産緑地を継続するかどうかは所有者の判断次第である。相続税支払いのために、生産緑地の指定を外して処分すると言われれば手の打ちようがない。どうしても農地を残したいのであれば、最終的に自治体による買い取りしかないが、予算的な制約もあって難しいのが実情である。自治体による農地の買い取りを可能にするためには、国の財政支援も必要になるのではないか。

 ――今後の展望は。

 安藤 人口減少社会を前提とすれば、これ以上の住宅開発には歯止めをかけ、居住誘導区域以外では未利用地を農地に戻していくことも必要になるのではないか。全国的に空き家が増えているにもかかわらず、農地の宅地への転用を進めるのは、都市計画としても、国土政策としても矛盾している。良好な住環境にとって緑の環境は不可欠である。新鮮な農産物の供給をはじめ、子どもの体験教育や社会的自立を促す場など、生産緑地が担う多様な役割は無視できない。また、火災延焼防止という、都市計画の不十分さを補っている面もある。政府や各自治体は農業政策としてだけではなく、社会政策や福祉政策としても、都市農業・生産緑地を位置付けていく必要があるのではないか。