お花見の起源と由来 | マックムールのブログ

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お花見といえば、春に咲く桜を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。いつ咲くのかと心待ちに、開花予想を見ながら予定を立てる人が多いと思います。

 

そして、ほとんどの方が思い浮かべるのが「ソメイヨシノ」という品種でしょう。実は桜の種類は300種類以上もあり、1年中日本のどこかで咲いています。
「ソメイヨシノ」は国内で1番多い品種で、この「ソメイヨシノ」が8割ほどを占めます。

 

では、お花見はいつ頃から始まったのでしょうか?ちょっと気になりますよね?

お花見の由来や起源ってどこから
きているの?

桜

 

実はお花見の起源は2つあるようです。

 

ひとつは、「サ神信仰による豊作祈願」で、農村の人々が行っていた行事。

 

サクラの語源は諸説あるようですが、いわゆる八百万の神様の中で最も敬愛を受けていた神様「サ(田の神様)」と、神様の座る場所が「クラ」で、「サクラ」は田の神様が山から里に下りてきて一旦留まる木、つまり依代(よりしろ)を意味していたというもの。桜の花が咲くと、神様が山から里に下りてきたということで、根元に酒や食べ物をお供えして、それを皆で分け合いながら過ごし、秋の実りを祈ったり、占ったりしたそうです。

 

こちらは、奈良時代(710~784)より更に前からあったとされています。山から神が下りてきて桜が咲くことで、田植えをする時期を知らされるという役割を果たしていたようです。

 

今の私たちが開花を待つ理由とは異なりますが、いつ田植えしたらよいのかを知るために心待ちにしていたのでしょうね。かなり生活に密着した重要なポジションを担っていたといえます。

 

もうひとつは、「貴族の花の宴」で、花を見ながら歌を詠む会としての「花見」という行事。

 

今でこそ桜がポピュラーですが、奈良時代の頃は、「花見」と言えば梅が好まれていたようで、万葉集でもよく詠われている花は、「梅」でした。梅が中国から入ってきたのと一緒に梅の花を観賞する文化も伝わってきたのですね。

お花見の歴史とは?

平安

 

では、桜を愛でるのを広めたのは?

 
平安時代(794~1185)に嵯峨天皇が弘仁3年(812)に梅の代わりに桜を愛でる「花宴」を催したのが人気になって桜が梅に取って代わっていったようです。

 
また、京都は自生の桜が多いので、貴族の間でも家に桜が植えられるようになったのも平安時代。貴族が広めた「花見」は鎌倉時代以降の武士の時代にも引き継がれ、豊臣秀吉が主催した吉野や醍醐寺の花見はかなり大規模だったせいで、その華やかさは庶民にも伝わったようです。

 
江戸時代になると、園芸が盛んに行われるようになり、品種改良も進んだので、植樹される場所が増え、身近な場所で桜を愛でることができるようになりました。有名なところでは、家光が行った上野や隅田河畔の植樹や、吉宗が行った飛鳥山の植樹は今でも名所として残っていますよね。

 
江戸の人々は宴会好きなのもあって、あっという間に庶民に愛される行事となっていったようです。そこで、最初に戻って「ソメイヨシノ」ですが、今桜の代表格ともいえるこの品種が生まれたのは江戸時代末期。染井村の植木屋が「大島桜」と「江戸彼岸桜」を交配して、誕生したといわれています。

 
そして、吉野の桜と分けるために「染井吉野」と命名されたのは、明治33年のこと。この品種は接ぎ木によって殖えるので成長が早く、あっという間に全国に広まっていったようです。そして、現在へと。

 

 

今年の桜は卒業式シーズンでしょうか?入学式シーズンでしょうか?

 
桜前線を追って旅行も楽しそうですよね。いつもの宴会や夜桜デートもいいですが、昔に思いをはせてみるのもいかがでしょうか?今年の観桜会はちょっと違う気分になると良いのですが。