
本日、職場の昼食が行事食で
宮城県の郷土料理だったマックです。
① 油麩(あぶらふ)丼
② 粕汁
③ レンコンの炒め物
④ ずんだもち風白玉
献立が出たのは一ヶ月前ですが
厨房のスタッフも応援の気持ちを込めて調理していました。
利用者さんでも東北出身の方も居ますし
また、横須賀にも高等学校の実習船で避難して来た方も居ます。
まだ、横須賀市からの打診でしかないですが
私が勤める老人ホームにも十名未満で
被災者の方を受け入れるかも知れないようです。
どこも、ベットは満床で大変でしょうが
依頼があれば協力してあげたいですよね。
そんな中、昨日ですが
福島のいわきに向かっていた姉夫婦が
無事に横須賀に帰還しました!
19:30にこちらを出発し
23:00過ぎに福島へ到着したようです。
兎に角、車が走っていなかったそうですが
福島に近づくにつれて
道が悪くなり、ひび割れや段差、うねりなどは当たり前のようだったそうです。
大量の荷物を積んだボルボワゴンも
安全運転だったにも関わらず
タイヤが悲鳴をあげてバーストしたらしく…
夜中にタイヤ交換をしながらの高速道だったようで。
義兄がメカニックなので
事前にタイヤチェックは勿論、空気圧や点検はしていってましたが
それほど現地は荒れていると言うことですね。
しかし、福島に到着したのも真夜中…
ナビがあるものの、対象物が無かったり、
あっても、真っ暗です。
さらに、義兄の母はこちらに向かっていることは知らず
インターチェンジを降りて電話しても
住所を教えてくれません…
以前から心配をかけまいと
連絡先は教えていなかったとのこと。
さらに、ここまで来ていながら
「帰りなさい、危ないから早く帰りなさい!」の一点張り…
30分くらいそんなやり取りが続いた挙げ句
叔父さんが住所をそっとメールをくれたそうです。
到着したのは福島のいわきでも
海から15km離れたところ
近所では津波に流された店などもあったようですが
何とか、家は形を保っていたようで…
職場から戻って刈ったキャベツを涙を流しながら受け取ってくれたそうです。
原発から30kmほど。
避難所ではなく、自宅待機なので
配給も十分ではなく、
生鮮食品は皆無です!!
どうか、行政は避難所だけではなく
自宅待機の被災者にも目を配ってあげてください。
各地で取り残されている人が沢山居ます!
姉夫婦の無事を報告すると共に
お願い申し上げます!