ようこそ\(^o^)/\(^o^)/ 裏マックへ!!-200906140958000.jpg

まずは故人のご冥福をお祈り申し上げます・・・


一昨日の夜にBLOGを書いているとき

何気なくネットニュースが気になり見ていると

「ノアの社長沢選手倒れる」という見出しを発見!


あ、何か事故があったのかな?

そう思って記事を読んでいると

「13日試合中にバックドロップを受けて頭部を強打」

「そのまま心肺停止の昏睡状態に!」


訳がわからない・・・・・

「リング上では救急隊員が来てからAEDにより蘇生が・・・」


え??

どうなるの???


「同日午後10時10分、搬送先の病院にて帰らぬ人となる」


・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・


そんなばかな?

何かの間違いだろ??


三沢選手といえば「エルボー」が代名詞のように使われているが

「受け身の名手」である


その三沢選手が・・・・・


なぜ?

どうして??


記事を読んでいると試合開始25分ほどでその異変はあった様子

しきりに頭を振る不自然な動きの三沢選手

タッグの合体技、キックの応酬

そして岩石落とし(バックドロップ)で体が「く」の時に


そのまま帰らぬ人となってしまった・・・


私にとって三沢選手は「2代目タイガー」の印象が強い

84年にメキシコ武者修行に出て、帰国後にマスクマンとして

「2代目タイガーマスク」になる


私は小学校時代に生の「初代タイガーマスク」の試合を何度も見ていた

2代目に当初は違和感を覚えながらも、

中学生になったからはもっぱらTVで応援したいた


高校に入りプロレス熱もすっかり覚め始めたころ・・・

90年の5月に素顔でマットに立つ三沢選手


「川田、小橋、田上」と四天王と呼ばれ

新日本のショー的な要素が強いプロレスとは違い

「ここまでやって選手は大丈夫なのか?」

そう思える試合展開を何度も見せてくれた


00年には全日本を退団、自身で「プロレスリング・ノア」を旗揚げ

順風満帆とは行かない船出だったが

固定ファンを少しずつ増やしながら

「戦う社長」として日本プロレス界をけん引して来た


その三沢選手がもういない・・・・・

最近はTV放送もなくなり、試合会場にも足を運ばなくなって久しいが

やはり、当時夢中になって応援していた選手

その人がいないかと思うとさみしいものである


05年7月40歳で逝った橋本真也選手

09年6月13日46歳で逝った三沢光晴選手・・・


当時の新日、全日を多大なる功績で盛り上げてくれた2大選手

もう、その雄姿は見ることはできないが


2人のスピリッツは今でも心に刻まれている・・・


「たかがプロレスでしょ?」

「始めから勝ち負けが決まっているんでしょ??」

「どうせ八百長だよ・・・」


分からない人に分かってもらうなんて思わない・・・

試合会場に足を運んで、

リング上で繰り広げらてれいる戦いを一度でも見たら

そんなとは言えなくなるから・・・


今はまだ三沢選手がいないなんて想像もつかないが

~ありがとう~そして

~お疲れ様~の気持ちでいっぱいです


ありがとうタイガー!


ありがとう三沢!!!


橋本によろしく!!!


改めて故人のご冥福をお祈り申し上げます