本日は全く楽しい話題ではありません。
お嫌いな方はどうぞご退出を。





昨日大阪で起きた無差別通り魔事件に対し発言した大阪府知事のニュースを見て
感じたこと。




まず、ニュースタイトルに非常に違和感。

「死にたいなら自分で死ねよ」

報道機関というものは、正しく事実を伝える事は必要だとは思いますが
昨今の報道はただ簡単に、センセーショナルな部分を過大に張り付けただけ
という感じが物凄く強い。
最近のマスコミって程度が低い。
どう見ても問題をそこだけに絞って攻撃したい感が強い。





話がそれましたが当の発言はこんな感じ。




「防ぎようがないんですかね、ああいうのは。死にたいなら自分で死ねよと。人を巻き込んで本当にむかむかくる」
「自己完結で、自分がそういう状況に置かれているなら大阪府にもある自殺対策の窓口に来ればいい。関係のない人をなんで巻き込むんだ」(大阪府 松井一郎知事)





まあ、私も激しく同感です。

確かに公人としての発言としては少し感情表現がストレートかとは思いますが
この犯人、「死のうと思ったが死にきれなかったから人を殺して死刑になりたかった」と。

その割には、凶器の包丁を犯行直前に購入ているし、警察の発表によれば
自殺を図った形跡ナシだとか。


こんな屑に配慮した発言が必要なものか。
自殺幇助発言とか一部で騒がれているようですが、はなから自殺を図りもせず、単に
無差別にしかも執拗に全く関係のない人を「殺戮」した人間に、「そうか、あんたも
色々大変だったんだね」なんて思う人がいるだろうか?


悩みを抱えて誰にも打ち明けられずに、人知れず「自己完結」をしようとしている
人達に手を差し伸べればいい。
それでも死に向かう人は向かってしまうのだから。





先日子供が癌と戦っている知人と久しぶりに話をした。

まだ小学生の頃から私も一緒に遊んだし、旅行も沢山した。
それはそれは愛すべき子だ。
初めて会った頃はまだ私の顎の下くらいの身長だった彼もすくすくと成長して
お年頃になって、暫く見かけない内に私が見上げるほど好青年になっていた。
その彼が3年くらい前に発病して高校に入学できても卒業出来ないと宣告された両親。
子供の癌は手術が出来ない事が多く、その子も例にもれず。

なんと残酷な。
両親はどん底に突き落とされました。
それでも抗がん剤治療に耐え、何とか普通の生活ができるまでに回復したが、
癌細胞が消えたわけではない。
ずっと体に爆弾を抱えたまま再発を恐れながらそれでも生きている今を日々精いっぱい
生きている。


母親が言いました。

「もし、この先あの子が再発してダメだった時は私たち夫婦は一緒に死ぬと思う」



この言葉に何を言えるだろうか。


「そんな事言ってはダメ。何があっても生きて下さい。」


絶望とほんの少しの希望が混在した日々を数年間、ただひたすらに耐えて生きてきた彼らに
こんな言葉を口に出しても綺麗事としか思えなくて、白々しく感じて私は何も言えなかった。

今でもこの言葉を思い出すと胸が締め付けられるし、未だにこの言葉に
対する返答を見つけられないでいる。
そうならない事を切に祈っているだけだ。




私は決して自殺推進派でもないし、自ら命を絶つことには決して賛同はしない。

自殺は逃げだとも思っている。

でも悩んで悩んで苦しんでもがいてたどりつく自己完結という答えと、ただ、むしゃくしゃした
自我の発散のようなお粗末な結果と全く異質だと思う。



この犯人、過去に罪を犯したとしても一旦罪を認めて刑を科せられ、それを受け入れたんだろ。
そこで何を考えて生きてきたのか。




思い通りにならないからだとか、将来に希望がないだとかで、そんなことで簡単に自殺だとか、死にたいとか言うな。

ましてや関係のない人を巻き込むな。


もし、自分の家族が殺されたら同じやり方で殺してやりたいと思うだろう。
でも犯人は法に守られ遺族は感情をぶつけることも復讐することも
許されないのだから。




うまく言葉がまとまらないまま、今日は例の事件と知事の発言の報道の仕方に無性に
腹が立ったので書きなぐってしまった。



犠牲になられた方のご冥福を心からお祈りします。