退学願いに初めて判を押したのは
担任2年目の夏でした。
Nさんという女子生徒です。
ホームルーム会長で、
クラスのみんなから信頼されていたNさん。
魔がさして、ある事件を起こしてしまったんです。
職員会議では
退学勧奨が妥当という意見が多かったのですが、
経験のなさを情熱がカバーしていた24歳当時
職員会議で
「いきなり退学勧奨とはいかがなものか。
これが教育といえるのか。」
などと頑張ったのを覚えています。
無期停学、含み14日間。
そう落ち着きました。
しかし、
翌日、学校に来たのはお母さんだけでした。
「先生にこれ以上迷惑をかけられないと言っています。」
お母さんはそうおっしゃると、涙を流されました。
自分の無力さ、
これまでの彼女との思い出、
何かわからないモヤモヤした感情…
そういったものが押し寄せてきて
どうしたらいいのかわからず、
泣くしかありませんでした。
何かもっともっとできることがあったのではないか
何度もそう思いました。
それから10年ほどたったある日
Nさんから手紙が届き、
「退学した後、しばらく考えて
なにか人のためになりたいと思い、
准看護師養成所に入学しました。
4月から市内の〇〇病院に勤務します。」
それを読んだとき
涙があふれて止まりませんでした。
あのときとは違う涙です。
みんなに信頼されていたNさん…。
Nさんらしい人生の選択をしたんですね。
忘れられない生徒のひとりです。
今日もブログを読んでくださり
ありがとうございました。
