毎日の訓練を行う事が最上の方法と言われている世界は多い。長文です。
初心者、若年層、またはかなり高齢(個人差は有りますが概ね65歳で始めた等)から開始された方は稽古料が多すぎるのは良い訳ではありません。初級者は週に一回を確実に繰り返せば、何らかかの効果がでて能力の向上は望めます。ただ10代後半から20代前半はほぼ毎日でも良い時期は有ります、これも個人差は有ります。
中級者になれば、もしくはそれ以上の何かを望めば、量と継続性の有る稽古は必要な様です。
私の意見としては様々な資料の結果は現時点においては週に5日から6日の稽古がベストで、後1日か2日は全く異なる事をされるか机上や頭のトレーニング、休息も大事になります。体は適度な休息が技能の向上にもなります、それは1日の時間の中でも必要ですし、90分以上続けない、一日の中でも睡眠で回復出来る量にする事が要ります。
普通に健康と技のある程度の向上は週3回分程度、1日に2クールも含めてあれば早く身に付く事は増えます。
まとめると、稽古は技術は体に染み込ませる必要が有り、体で覚えたと言うレベル迄はコンスタント、初級者は週一回、中級者以上は3回をめざし、可能なら週5回が望ましくなります。
毎日トレーニングは不要でも1週間以上の間は空け過ぎでしょうか!2週間に1度の稽古はほとんど体への効果は有りません、単に運動をした事になります。
最近のスポーツ論理では有効な説はどうなっているのかは完全には不明ですが、余りに長い休息は、筋肉をはじめ衰える部分は否めないでしょう!
様々な研究では次の様な論がかなり有力と聞いています。上級者レベルまで到達していて、身体の使い方を理解していれば、持久力は維持出来ないが技術力は維持出来る、つまり「練習を1日休むと取り戻すのに3日かかる」と良く色々な所で言われて来た事は技術力はあるレベルまで行くと技術は落ちない、そして条件を満たせば持久力だけを何とかすれば良い事になります。
このことから考えると、身体の使い方を感覚的に捉えている天才型は、理詰めで構築する秀才型より、休んだり、サボると調子を取り戻すのが難しいと思われます。なので休むなどとんでも無いと言う理論になります。運動の得意な者は天才とまで行かなくても感覚で捉えていて、総合的に体を使うので自分の経験値からも休むな!になります。運動部系の指導者は自己の経験値からもこの様な指導に偏り気味です。
ただ昨今は天才形と言えども情報量も増え、プロの世界ではかなり頭も使わないと1流として成功しないので、良くその分野では研究されている様ですね、野球の大谷氏、アイススケートの羽生氏、等々を見ると様々な近代理論も学んでいる様ですね。この傾向は将棋世界でも藤井氏はITを使いこなすのは同様の道筋ですかね?昔の天才肌とか、感覚だけではハイパフォーマンスは出さないのでしょうか?プロにいても1流半の者はまだまだ感覚主体なのでしょうね。
我々の古武道、古武術も同様によく研究しないと駄目な事が山程有り、中にはあえて生徒を淘汰する為や弟子に負けない工夫を残したりして居る事を加味して稽古や形を考えないと失伝甚だしいでしょう。
初伝ではあえて荒っぽやり方や、大事なコツを省いて指導します。中伝でも真の部分は教えず、悟る為の道筋程度を大まかに指し示しています、このレベルの教えは効果も高くそれなりの結果も出せますが、その流派のは本質は隠した部分を含みます。これを10年1日のごとくり返すのは、若年層ならまだしも鍛え方の意味が誤っている事になるので上達や会得はほど遠い道になります。
単なる形態模写の外見の物まねでは駄目ですが、困るのは近代スポーツ能力が高いとあたかも古武道などの本物の形態模写が出来ている様に素人に見える事です。平たく言いますと古武道の身体を作らないと、紛い物の武道屋が出来あがり、大きな顔で自分が出来る代表の様な顔をすることです。
現代は格闘技と言ってもスポーツやショービジネス系統が多いので様々なルールが存在します。ここの多くはあきらかに運動神経で賄えます。
ルール無しはやくざまがいのストリートファイトではありますが、そこにはそれぞれ個のもつここまでにしようという個別ルールが有ります。
本来の古武道ではルールは有りません、この辺り難しい所ですがルール無しだと殺し合いまで、ルールあるとがんじがらめのゲームでゲームが上手い方が勝つという事になり。知恵の集大成の日本の武術の粋が消える事にもなりますね。
喧嘩のやり方を知りたい方とは別次元の話となります。
前提の異なる論わ交わす事が武道の世界では多くみられ、またそれが稽古法にも影響を与えて居ます。
・運動も体の鍛えも毎日するべき要素とそうでない要素が存在する。
・特定の技術に関してはやはり一時期有る程度集中して会得する必要がある。
・何かを身に着ける事はやはり継続するべき事が必要です。ただし根性論や説明の出来ない量の練習は意味無く、体を壊す要因です。
•初伝の初歩の中の稽古は、稽古者を淘汰する為の、平たく言いますと嫌がらせも含みます。現代人には不要の部分も含む事を理解しましょう。昔の事が全て良いので無くその中身も吟味しないと、愚かな他者を壊しているのに指導しているつもりに成る。
・武道、武術、格闘技、喧嘩、その他諸々は全てに他要素も含みますがそれぞれ別の分野なので混同するとおかしな論理になります。残念な事にそれぞれの世界に関わっている人も混在して考えている人が多数です。
・日本武道の精神性と古武道の技術は両輪で身に着けていかないと駄目な事です。