大人の事情とは、大人全体が納得する大人の事情ならまだしも、既得権易者達だけのしかも一部の勝手な我々が中心でこのグループを大きく頑張ってきたと自意識過剰で、自分達だけ何か特別感を自分達の評価で持っている人達の大人の事情がこのところめだちます。
本当はものすごく幼稚で身勝手で自己評価が過大過ぎるので、大人とは程遠いガキんちょなのですが、過去に少しばかり他の人より目立つ功績を上げた様な精神的には真の大人に成りきれない人達です。そういう大人の事情が日本では蔓延してる様です。
本当の外部から評価するとそこまで大した功績でも無く、ものすごく不合理な幼稚な組織内の勝手論理ばかり通して来ていた人達をさす大人です。
その人達を守ったりする方が、まだまだ日本では、和を乱さないと、これも誤った解釈の和を乱さずなのですが、とかく正しくても新しい考えや若手で権力を持って居なかった人達の意見を認めたくないと言う、愚かな保守がどの分野、どの世界でも、残念ながら民主主義の先進国であるはずの日本でも蔓延して残っているのが現実です。
日大の監督とコーチの間違った指示は誰が見てもあきらかでしょう。他のアメフト関係者がそうで無ければあのようなリーグから追い出しても良いとは揃って言わないでしょう。検察が愚かな大人の事情を考慮した結果の愚判断です、もし被害者の怪我がもっとつらいものや、最悪死んでいたら、様々大人の事情を優先せずに真実優先して法の番人としてのプライドも守ったのでは無いでしょうか?
体操会のパワハラ問題の答えも、多くの良識有る大人は納得しないでしょう、現体操協会の内向きの大人の事情が優先されたのはあきらかでしょう。第三者委員会と言うのも、成られた方々は本当の意味の世間の正義を基準とせず、頼まれた体操協会の様々事情も鑑みて、着陸点は依頼者優先の大人の事情で、真の被害者が訴えている点をわざと外して、内輪の大人の事情を優先して、結果を出したのは正義からすると情けないです。外から眺めている人には余りにも見るにつらいものです。
一部の内部の者に取って嬉しい結果が出れば内向きの組織としては万々歳なのでしょうが、少しでもその組織を外から冷静に見ると余りにもつらく愚かな結果が出されています。
よくある第三者委員会に成られた方も、時々漏れ聞く話ですが、先に着地点を出されて受けている事が多く、出来るだけ誰が聞いても納得出来る論理を並べているだけとも聞きます。
第三者委員会は依頼者側の不利な答の時は、明快な答えを出さずに、そうとまでは断定出来なかったとグレーで濁す。依頼者側の有利な答えを出すためには元々の論点をすり替えたり、そもそも論で論点を違うところで話を進めようとするやりかたも蔓延していて、今は普通の人はこの程度のテクニックは周知しているので、しらけて仕方ありません。
せめて第三者委員会を受けるなら、どちらにも片寄らず、万が一その組織が一度崩壊するような答えで有っても、正義をベースとして、自分の子孫に対して胸をはれる行いをしてもらいたい物です。
日大問題も体操協会問題も当事者になっている方々は多くがスポーツ、武道に関わって人生を歩んで来られているのですから、何よりもスポーツマンシップを本当に尊び、武道や格闘技を通して心身の成長を自分で望んで来た武道家ならば、己の心にだけは嘘をつかない道を選択してもらいたい物です。
組織は組織のために動いては本質を見失います。本来その組織は何の為に作られたのかその原点に戻り、お金名誉地位は全て抜きで考えれば見えてきます。少しでもお金名誉地位が頭によぎっていると曇って真実は見えないでしょう!