超長文&乱文です。

それは忘れもしない2006年6月8日のこと。

私は子供部屋の2段ベッドの下段で寝ていました。
この2段ベッドは長女なな、長男はやのために購入したものでしたが
ななは一人で寝るのに寂しさを感じ始めた頃、
はやに至っては寝相が悪くベッドはまだ早いということで
私が一人で寝るという状態が続いておりました。

そしてコトは早朝に起きました。

目覚めると右足親指に鈍い痛み。
「ベッドのどっかにぶつけたかな?」と思いながらも
大した痛みではなかったのでいつもどおりに出勤。

当時の私は工事の現場監督をやっていたため現場へ直行です。
淡々と仕事をこなしていましたが痛みはだんだんと増してきます。
昼頃になると靴を履くのも苦痛(ダジャレじゃないよ)になってくるほどの痛みになっていました。
でもその日は大事な発注者であるお役所の監督員による立会い検査の日。
現場代理人というその現場では最高責任者となる職であった私は
もちろん「午後休むわ~」という訳には行きません。
痛みを堪え、安全靴を履きなんとか立会い検査を終わらせました。

その日の仕事が終わり帰宅しても痛みは治まりません。
その頃には親指を地面につけることができなかったし
ちょっとした振動でも痛みを感じるようになっていました。
その日は一応湿布をして就寝。

6月9日の朝、目覚めたら痛みは激しくなっています。
この日はもう現場に出ることは不可能であったため、
現場の担当者に任せて現場事務所で書類の整理をしてました。
痛みはぜんぜん治まる気配がありません。

なんとかその日の仕事を終え、帰宅。
今回ばかりは病院にいこうと思い、現場の担当者に次の日の仕事は任せて
私は休むことにしました。

その夜、寝ようと思ったら痛みで寝れない。
鎮痛剤を飲み、湿布をし布団に入りましたがウトウトしては痛みで起きる
といった具合でした。

そんな寝不足状態の朝を迎え近所の外科に行きました。
ここは近所のご老人たちに人気でいつも大混雑です。
1時間ほど待って診察を受けます。

先生「今日はどうしました?」
私 「おとといの朝から右足の親指が痛むんですよ」
先生「じゃ、見せてください。あ~結構腫れてますね~。どっかぶつけました?」
私 「いや、自分の記憶の中ではないんですけど・・・」
先生「あぁ、それじゃ通風だね。」
私 「えっ!?」

絶句です。
「俺が通風?別にいいモン食べてるわけじゃないし、ビールもあんまり飲まないし・・・それに通風って40,50以上の人がなるんじゃないの?」
そんなことを思いながら呆然としていると

先生「最近若い子多いんだよね。まぁ、とりあえず痛みをとる注射打っとくから、そこにうつ伏せになって」

ベッドにうつ伏せになりしばし待機です。その間にも次々と患者さんを診察しています。
5分ほどたったら母親と同じくらいの看護士さんがきて

看護士「じゃ、お尻に打ちますからね~。ズボン緩くしてくださ~い。」

言われたとおりにすると、ズボンをズルッ

看護士「ちょっと痛いですよ~」

ブスッ

痛っ!

そして再び診察です。

先生「じゃ、mackeyさんこれ読んでおいてね。2週間後に検査しますからまた来てください。」
私 「は、はい・・・」
先生「まぁ、とりあえず痩せることだね」
私 「はい、がんばってみます・・・ありがとうございました・・・」

渡されたのは通風手帳。痛風患者だけがもらえる貴重な手帳です。

そして失意の中帰宅。
とりあえず通風手帳を読んでみることにしました。
そこには、

・通風は高脂血しょう、脳梗塞、心筋梗塞につながる病気です。
・太り気味の人、よく食べよく動く人がなりやすい病気です。
・痛風患者の若年化が進んでいます。初期発作が一番多い年代は30代です。

などと書かれていました。

焦りました。
「脳梗塞?心筋梗塞?」ヤバイです。
すぐにダイエットに取り掛かりました。
じゃ、どうやって?

食事制限?・・・無理無理、腹減ってる状態じゃ力出ないよ。
朝晩ジョギング?・・・無理無理、続かないよ。
スポーツジム?・・・無理無理、そんな金無いよ。

じゃ、どうすんだよ?

そうだ!チャリで会社に通おう!
ちょうど弟が置いていったマウンテンバイクもあるし!
私はなんでも格好から入るのでここは大事なことです。

その当時の会社では、出勤は社用車でした。
なので、会社に車を置いていけば自転車で出勤するしかない。
嫌でも続くはずだ。帰宅のときだけ頑張れば・・・

そんな思いで片道8kmの自転車通勤が始まりました。
雨の日も、風の日も、台風の日も・・・
台風の日は車でしたけど・・・

そして3ヶ月で15kg減を達成することとなったのです。

自転車通勤だけで痩せたと思います?
続きは「第2章 mackey式ダイエット法」にて。