「北海道命名」って、本州にいると、は?って感じだろうと思います。だって自分も多分そうだったと思うから。
考えてみたら、道府県とか市町村って、藩名とか地域の名残だったりするんだろうけど(いい加減 笑)、北海道は命名した人がある程度はっきり分かってるの。
江戸時代は北海道じゃなかったもんね。
そう呼ばれるようになったのは明治2年(1869年)以後。
北海道と松浦武四郎 (北海道150年事業実行委員会HP)
https://hokkaido150.jp/matsuuratakeshiro/
ここに簡単に紹介されて居ます
松浦氏自身は旅(探検って言った方が良いような。。。)が好きで、自らの好奇心と大義を胸に抱いて蝦夷地に渡って、何度も蝦夷地を調査して歩いたとあります。
札幌に住み始めてから気づいたことの一つが、街が海岸沿いにあるってこと。
昔は船で移動していたし、主な輸出品(あれ?国内に売るのは何て言うんでしたけっけ)は海産物だったからですね。北前船とかって、日本史で習ったわ〜。
鮭(シャケ)や鰊(ニシン)は、Nativeであるアイヌの主食だったにも関わらず、彼らには漁を禁止しておいて、取りまくった記録があります。ほんと、ソウザラエですわ、お陰で回遊であるニシンすら取れなくなるほど、めちゃくちゃな操業(- o -)
底引きって言うんですかね〜、すごいわ。あれは。
ま、それはまた今度書くとして。
そんな訳で、和人が勝手に命名して150年ってことです。
来たばかりの頃は、命名150年!って盛んに宣伝してるのがすごい違和感ありました。
(1月に来たから、今年は〜!って言うのが多かった。)
アイヌにとっては、ずーっと前から住んでた地域に、勝手にズカズカ入って来て、ここに新しく名前付けたからな!って言われた感じでしょうね?
だって、蝦夷地を始めて測量して歩いた間宮林蔵の地図には、ビッシリとアイヌ語の川の名前、地域の名前が書き込まれているのです。無人の地に和人が移住してきた訳じゃありません。
あ、子どもの頃に、伊能忠敬が南を測量して、北側から樺太方面を間宮林蔵が、と習ったけど、実際は、ほぼ間宮氏が測量したらしいです。
日経新聞の記事(2014年だけど)
https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG1803L_Y4A810C1CR8000/
そんな訳で、私は和人目線の宣伝がすごい嫌でした。
でも、最近ちょっと雰囲気変わって来たかなーって思ってます。アイヌ目線がちょっっっとづつ入ってきた感じがします。どこが?って言われてもはっきり言えないけど。。。
歴史を語る以上は、やっぱりNativeとしてのアイヌを、きちんと評価して語るべきだと思うし、和人が取った政策も、しっかりと見つめる必要があると思います。
関係ないけど、写真は北海道資料館
大正15年(1926年)築
