すずきふみよしの「星の音を聴く」 -26ページ目

すずきふみよしの「星の音を聴く」

読むこととはすなわち聴くこと。耳を傾けること。
ホロスコープから「聴いた」ものを、そして感じとったものを、日々丹念に言葉にしていきます。

サビアンシンボルは
牡牛座30度「古い城のテラスを行進する孔雀」

このシンボルのキーノート(基調)は
「相続された能力の個人的人格的な誇示展示」

きょうはどんな日?
いまの自分はなぜこういう自分なのか、その理由があらためて確認できるときです。

異なる二つの視点からものごとを見つめることによって、いままで以上に大きな世界観を獲得するときというのがきのうでした。自分が〈もともといた〉世界と、そこから眺めていた〈外部の〉世界。両方の視点から見えたものを比較して検討し、両者を理解するように努めてみようという具合でしたが、感動や高揚はあったでしょうか。きょうはいま一度立ち戻って自分を育んだ文化的な背景に目を向けて、そこから得られたものを再確認するようにしてみてください。

サビアンシンボルには「行進」キーノートには「誇示展示」とあるものの、それが他の文化やそれをもつ共同体への〈威嚇〉であってはならないということは、ここ数日来の〈動き〉を踏まえても重々承知し理解できることでしょう。自分は何者であるのか。自分がいまもっているものはなにに由来するのか。しっかりと確認し、顔を上げて、胸を張っていきましょう。「自分はこうだ」「あの人はこうだ」それぞれの顔がそれぞれ晴れ晴れしく感じられる、素敵な月曜日でありますように。
サビアンシンボルは
牡牛座29度「テーブルに着いて仕事している二人の靴修理屋」

このシンボルのキーノート(基調)は
「人間の成熟した理解の二つ折りの性質」

きょうはどんな日?
異なる二つの視点からものごとを見つめることによって、いままで以上に大きな世界観を獲得するときです。

自分がいますでに知っているものごと以上に価値のある存在に気づき、またそれへの期待が強まるときというのがきのうでした。自身のアイデンティティを確認するうえで自分を育んだ文化的な背景に最大限の敬意を払い、その文化の枠組みに自分を当てはめ押し込んでいったおとといを受けて、そこでの限界を超えるべく踏み出してみようという具合でしたが、気分を上げて突破できたでしょうか。きょうは視点を変更して、踏み出した先の側から後ろを振り返って見てみてください。

さらには、両方の視点から見えたものを比較して検討してみてください。自分を育んだ文化の価値観から眺めていた〈外部の〉世界。そちらに踏み出してみて振り返ったときに見える〈もともといた〉世界。期待や憧れなどを抱いて見ていたものがまた異なる姿かたちに見えてくるでしょうし、かつて当たり前のように感じていたものも違った様子に見えてくることでしょう。そして、ただ単に相対的な視点を手に入れただけにとどまることなく、なによりも両者を理解することに努めてみてください。それぞれの世界にはそれぞれの道理があります。まずはそれを把握すること。自分がどう行動するかはその後の話です。理解に伴う感動や高揚があればベストでしょう。
サビアンシンボルは
牡牛座28度「〈人生の変化〉を通りすぎた女性が、新しい愛を経験する」

このシンボルのキーノート(基調)は
「生物学的な限界を超えて意識と感覚が上昇する人間の受容能力」

きょうはどんな日?
自分がいますでに知っているものごと以上に価値のある存在に気づき、またそれへの期待が強まるときです。

自分を育んだ文化的な背景に最大限の敬意を払い、またそれを自身のアイデンティティとしてしっかり確認しておきたいというのがきのうでした。強い自己主張をせずに、自分が帰属する集団や共同体、〈仲間〉や〈身内〉の言葉を用いて他者へ語りかける。その際には表現の柔らかさと柔和な表情を心がけようという具合でしたが、心は穏やかになったでしょうか。きょうは少し気分を変えて、テンションを上げていきましょう。

きのうはただでさえ〈私〉を抑えてしまいがちのところがありました。自身のアイデンティティを確認するうえでもそれは必要なことでしたが、とりも直さず自分を特定の文化の枠組みに当てはめ押し込んで、制約を設けることでもありました。たとえみずから進んでそうした部分があったとしても、それ自体が発想の限界を表しています。きょうはそういう限界を超えるべく踏み出してみましょう。まずは気分を盛り上げることです。いきなり羽目を外すようなことはなかなかできないかもしれませんが、そのための手練手管をあれこれときょうは弄してみてください。とはいえ自分の手中にある大切なものは失わないように注意しましょう。少なくともそれは一切価値のないものではありません。
サビアンシンボルは
牡牛座27度「通行人に自分の部族の工芸品を売る年老いたインディアンの女性」

このシンボルのキーノート(基調)は
「集団の要求に対する平和的な適応」

きょうはどんな日?
自分を育んだ文化的な背景に最大限の敬意を払い、またそれを自身のアイデンティティとしてしっかり確認しておきたいときです。

欲するものを即座に手にするためにさまざまな策を弄していきたいというのがきのうでした。私利私欲を満たすことを前提において、相手が楽しめるような表現をかんがえてそれを演じて見せるなどソフトな懐柔をめざしてみようという具合でしたが、うまく立ちまわれたでしょうか。きょうはあれこれと手練手管を弄するのはやめてより穏やかな表現にしてみてください。

きのうのソフト路線は、火曜日の攻撃的な自己顕示とは違って柔らかくいこうという意味あいですが、それでも多弁で熱烈なアプローチになりがちだった感は否めないかとおもいます。きょうは言葉も少なめにして物静かにいきましょう。強い自己主張は不要です。むしろ、そうして語ることこそいまは自分が帰属する集団や共同体に、〈仲間〉や〈身内〉に頼ってまかせてしまってもよいかもしれません。「私たちのあいだではこうなっている」というやり方での主張。それがいやらしく嫌味に受けとられないようにするためにも、表現の柔らかさと柔和な表情を心がけてください。ただでさえ〈私〉を抑えてしまったり、引きこもりがちになったり、虚無的な傾向が見られるときでもありますが、帰属意識を誇りとすることが内面の充実と精神の安寧を導くでしょう。
サビアンシンボルは
牡牛座26度「スペイン人の伊達男が恋人にセレナーデを歌って聴かせる」

このシンボルのキーノート(基調)は
「個人の欲望の儀式化」

きょうはどんな日?
欲するものを即座に手にするためにさまざまな策を弄していきたいときです。

範囲は限定的であるものの、集団でものごとにとり組み、また楽しむことに適したときというのがきのうでした。価値観を同じくする人たちと楽しみを共有することで集団や共同体の一部であることを実感できる。そのように、狭いながらにも娯楽を通じて社会参加をするという具合でしたが、有意義な交流はもてたでしょうか。きょうはもう少し広い世間を意識していきましょう。

単なる仲よしグループのつながりにとどまることなく、そこで共有している価値観をほかへと広げていくということ。その際よもやおとといなりがちであったような攻撃的な自己顕示で迫ってはなりません。ソフトな懐柔をかんがえていきましょう。相手のメリットを考慮しながら自分の要求をとおすようにする。相手が楽しめるような表現をかんがえてそれを演じて見せる。ある種の小賢しさも求められることになるでしょう。自分の美と倫理に鑑みてできないことまであえて曲げて行う必要はありませんが、少なくともきょうは私利私欲を満たすことがまず前提にあるのだと認識しておいたほうがよいかもしれません。「とり入るためのスキルとはどういうものか一応は学んでみる」というぐらいに割り切ってみるのもひとつのやり方でしょう。やる以上は、いくらなんでもあまりに空虚で見え透いた甘言は避けたいところです。
サビアンシンボルは
牡牛座25度「広大な公共の公園」

このシンボルのキーノート(基調)は
「集団の利用とレクリエーションのための自然な活力の育成」

きょうはどんな日?
範囲は限定的であるものの、集団でものごとにとり組み、また楽しむことに適したときです。

わかりやすくあからさまな自己顕示を外へ向けがちなときというのがきのうでした。自分の価値を誇りたいとか称賛を得たいという気持ちが強まってくるなか、それを他者への攻撃で解消するのではなく自己鍛錬に向かっていこうという具合でしたが、しっかりと磨かれたでしょうか。きょうは少し気持ちを外に向けて集団への参加を意識してください。

娯楽には大変適したときですが、単に遊ぶというよりはそれを通じての社会参加が中心になるときです。集団や共同体への帰属意識が強まり、自分がその一部であるということを実感するでしょう。むしろそのような一体感を得られるような〈仲間〉や〈身内〉と楽しみを共有するようにしたほうがよいかもしれません。きのうは集団対集団、共同体どうしでの価値観の衝突が予想されましたが、きょうはあらかじめ価値観を同じくする人たちを絞り込んで交流をもつことをおすすめします。大衆の判断に迎合しやすいときでもありますが、それが〈内輪〉のことであればあまり害にもならないでしょう。とはいえそのキャパシティは相応に〈広大〉なのだという自覚を忘れずに。公園は井戸端ではありません。
サビアンシンボルは
牡牛座24度「人間の頭皮をベルトに下げて、荒々しく馬に乗るインディアンの戦士」

このシンボルのキーノート(基調)は
「現世での基本的な営みをめぐって戦う際の、人間の本能の攻撃性」

きょうはどんな日?
わかりやすくあからさまな自己顕示を外へ向けがちなときです。

日常的な価値を追求して、自分の才能や実力を認めてもらいたい気持ちが強まるときというのがきのうでした。自分を磨き上げて他人へとアピールする、素の自分ではなくよそ行きの自分をしっかりとこしらえて打ち出していこうという具合でしたが、美しく決められたでしょうか。きょうはよりいっそう磨きをかけるべく自己鍛錬に向かっていってみてください。

サビアンシンボルにある「頭皮」とは戦利品であり、戦いにおいて相手を打ち負かした証でもあります。自分の才能や実力の誇示はもうすでに成果を収めているはずです。次に向かうべきはさらなる戦績を上げることなのか、よくよくかんがえてみてください。自分の価値を誇りたい、称賛を得たいという気持ちが強まってくるときでもありますが、それを単に他者への攻撃で解消してしまうのはむしろもったいないことです。また、個人対個人というよりは集団対集団、共同体どうしでの価値観の衝突が予想されますが、対抗勢力をやり込めるよりは自身の研鑽に努めたほうが賢明でしょう。とはいえある程度は仕方ないのかもしれません。他人の扱いにおいて無慈悲さや残酷さが目立つときでもあります。最大限注意してください。
サビアンシンボルは
牡牛座23度「高価な宝石でいっぱいの宝石店」

このシンボルのキーノート(基調)は
「天性の素晴らしさの社会的な確認」

きょうはどんな日?
日常的な価値を追求して、自分の才能や実力を認めてもらいたい気持ちが強まるときです。

みずからの明確な意志の方向づけのもとで、さらに導きとなるものが得られるというのがきのうでした。目的に向かう意志の力の現れのなか、書物からよりも自然から感じとるものごとを大切にしようという具合でしたが、手引きは見つかったでしょうか。きょうはそれよりは関心を自分へ向けていきましょう。

伝統を参照する、自然を参照する。おとといきのうの流れを踏まえて、きょうは自分本位でいきましょう。参照すべきは自分自身そのものです。目的へと向かううえでいまや最も頼りになるのは、伝統でも自然でもなく自分自身です。着想のヒントもそれを修正する拠り所も、ほかに求めることなく自分に求めていきましょう。才能がなにに由来するのか、どこから湧き出てくるのかはもうわかっているはずです。関心を自分へ向けると言えどもそこで完結するわけではなく、自分を磨き上げて他人へとアピールすることがきょうの目標となります。〈素の自分〉をさらけ出すのではなくて、加工して〈よそ行き用〉にこしらえて打ち出していきましょう。プレゼンの技術も込みでアピールというわけです。美しく決めてみてください。瑣末なことにこだわるのはなしにしたほうが効果的に見せられるでしょう。
サビアンシンボルは
牡牛座22度「荒れた海を越えて飛ぶ白い鳩」

このシンボルのキーノート(基調)は
「危機を克服しようとする人に訪れるスピリチュアルなひらめき」

きょうはどんな日?
みずからの明確な意志の方向づけのもとで、さらに導きとなるものが得られるときです。

伝統的なものと照らしあわせながら、自分の現状の選択に見直しと修正を加えておきたいときというのがきのうでした。自分にとっての要不要を中心に据えて選択したものをより社会的な文脈のなかで検証してみようという具合でしたが、発見はあったでしょうか。きょうはそうした検証にはひと区切りつけて〈感じる〉ということに気持ちを傾けてみてください。

おとといは目的に向かって一切乱れることなく意志の力の流れを向けていこうと提案しました。きのうの検証と修正を経たいま、あらためて目的に向かいましょう。その際に〈感じる〉ということを大切にしようというわけです。きのうのサビアンシンボルに描かれた「本」とは伝統的なものの象徴であり、それは人間がつくり出した文化の所産ですが、それらを参照することよりも、自分が自然のなかから感じとるものごとを、きょうは大切にしてください。漠然と放心状態でいれば感じとれるというわけでもないはずです。積極的に機会を求めましょう。きょうはなるべく屋外に出るのがおすすめです。
サビアンシンボルは
牡牛座21度「開かれた本の一行を指す指」

このシンボルのキーノート(基調)は
「自分の文化および宗教において、個人的にはなにが意味あるものなのか、見分けることを学ぶこと」

きょうはどんな日?
伝統的なものと照らしあわせながら、自分の現状の選択に見直しと修正を加えておきたいときです。

理念や発想を意志と実感をもって実践に移していきたいときというのがきのうでした。おととい浮かび上がってきたものの整理や選択をしたり、要不要を中心に据えての行動を心がけていこうという具合でしたが、意志の力は正しく働いたでしょうか。きょうは選びとったものの見直しに努めてみてください。

キーノートが端的に示しています。自分にとっての要不要を中心に据えて選択したものがあるわけですが、それをより社会的な文脈のなかで検証してみるようにしましょう。日本人の場合宗教上での意味あいを吟味するのはあまり馴染みがない行為かもしれませんが、少なくとも文化的にあとづけるようにしてみてください。アイデアをかたちにし世に出していった場合、そこでどのような影響が波及していくのかをかんがえてみましょう。またそのアイデアが、すでに先人によってかたちにされていないかどうかも検証してみる必要があります。ただ単に「好きだから」「いいとおもうから」かたちにするのだ、出すのだというだけではあまりにも浅はかでしょう。もちろん伝統へ権威的に盲従するのはNGです。キリスト教者にとって重要な本は聖書ですが、あくまでも自分にとって重要なものを大切にするという視点を忘れずに。