なんで人は他人を批判するのか?
という疑問がふと思い浮かんだ。
別になにもないところから思い浮かんだのではなくて、思い当たる節がある。
それは、昨日キックボクシングのジムで練習をしていたときのことだ。僕がひたすらサンドバッグでパンチやキックの練習をしていると、後からある練習生が突然批判をしてきた。しかも僕に聞こえるような大きな声で
『あんなボディは大きくて当たらない』とか、
『ただ跳んでるだけじゃねえか』だとか(ちなみに跳んでいるのはフットワークをうまく使えるようにする為の練習)
とにかく、露骨な批判に曝されてしまったのは確かだ。
ただ、なぜそんなに批判をしたがるのかがよく分からない。別に僕のように週末ちょろっとダイエットがてらジムに通うような練習生を批判することに何のメリットがあって、何の意味があるのだろうと思ってしまう。時間の無駄ではないかとすら思えてしまう。
とかなんとか言ってる自分が批判的になってたりする。
しかしいずれにしても、批判されて気付いた自分の癖というか悪い部分を理解できたのも事実だから、それはそれで感謝すべきことだと思う。
なんか、タイトルから少し離れた内容になってしまった。
私にはある癖がある。
それは、何かについて考え始めたらそれがどんどん膨れていってしまうというものだ
膨れかたはいろいろだけど、時には妄想的に、そして時にはネガティブ(被害妄想的)に膨らんでいく。
いずれにしても何か考え始めると雪だるま式に膨らんでしまうことには間違いない。
しかも考える際は、言葉ではなくイメージになってる。だから夢心地みたいな感じになってる。
こういうのは冷静に考えれば、あまり建設的な時間の使い方とはいえないと分かっているにも関わらずやめられない。
なんとかしなきゃと思いつつ、歳を重ねてしまってる今日この頃。
それは、何かについて考え始めたらそれがどんどん膨れていってしまうというものだ
膨れかたはいろいろだけど、時には妄想的に、そして時にはネガティブ(被害妄想的)に膨らんでいく。
いずれにしても何か考え始めると雪だるま式に膨らんでしまうことには間違いない。
しかも考える際は、言葉ではなくイメージになってる。だから夢心地みたいな感じになってる。
こういうのは冷静に考えれば、あまり建設的な時間の使い方とはいえないと分かっているにも関わらずやめられない。
なんとかしなきゃと思いつつ、歳を重ねてしまってる今日この頃。
私にはすぐに注意が途切れる癖があります(ё_ё)
正確には途切れているのではなく、外界に対しての注意がほぼ0になって、自分の内面に注意が向いてるって状態です。
それくらいなら誰にでもありそうだけど、私の場合は外を出歩いているときでも、運転中でも、誰かとしゃべってるときでもなります。そういったシチュエーションだと注意が途切れた状態であるといっても過言ではないと思います。
気をつけよ…(゜_゜……
注意が途切れたら、『またやってるよ』って自分に言い聞かせよう('◇')
正確には途切れているのではなく、外界に対しての注意がほぼ0になって、自分の内面に注意が向いてるって状態です。
それくらいなら誰にでもありそうだけど、私の場合は外を出歩いているときでも、運転中でも、誰かとしゃべってるときでもなります。そういったシチュエーションだと注意が途切れた状態であるといっても過言ではないと思います。
気をつけよ…(゜_゜……
注意が途切れたら、『またやってるよ』って自分に言い聞かせよう('◇')