あれから60年 | マック J&B blog

あれから60年

早いもので終戦から60年も経つんですね。60年の歳月は遥か遠く思えます。


当時は東京の荒川区に住んでいたのですが、毎日のようにB29の爆撃が

あって危なくて怖くて堪らない。


急遽、栃木県の飛駒村と言う所へ疎開したんです。疎開生活は悲惨でしたね、

農村地帯なのに食料はない、着るものはない、履くものもないからワラで草履

を編んで間にあわせたのですが素足ですから真冬はこたえましたね。


学校へ行くと、いじめが酷く先生までが「東京ッ子が来たから食料が足らない」

とか 「都会ッ子は畑仕事や山の開墾もできないから廊下に立っていろ」とか、

田舎っぺてのは意地の悪い人種だなと思いましたよ。


食料不足は深刻で、いつも空腹。学校から帰るとバタンと倒れるように横にな

っていた記憶があります。

家族が「この子は何処か具合が悪いのじゃないの」と心配してくれたけど、腹

が減ってるなんて言えなかった。家族の皆が満足な食事をしてないんですか

らね。


玉音放送を聞いたのは60年前の8月15日正午。隣の農家の雑音だらけの

ラジオからのお天ちゃんの声でした。

「耐えががたきを耐え、忍びがたきを忍び」は聞き取れたものの、この戦争が

一体どうなったのか良く理解できなかったものです。戦いに勝ったのか負けた

のか”終戦”の意味が分からなかったのです。 この時、12歳でした。


この時代とは、とても比較にはなりませんが、今は豊かと言うか贅沢な時代だ

と思いますよ。食べたいものは何でも手に入るし、冷暖房の家に住み、移動は

車、娯楽はお望み放題。地獄から天国のような時代に生きられた我々の方が

戦後生まれの人達よりドラマチックな人生だと思いますね。