いっこ前の続きです。

声に出して泣いた後の僕は‥努力の鬼と化しました。

奇跡的に両脚の感覚もあり‥また歩けるようになると医者の先生に言われ必死に努力しました。

最初は、立つことさえままならず苦労しましたが、裕也の両親やおかんに支えられて徐々に立つことに成功しました。

最初は、5秒間しか立てませんでしたが、日を追うにつれ10秒…15秒と立てる時間が増えていきました。

それまでも‥裕也の両親が度々足を運んでくれて僕の硬くなった脚を交代で曲げ伸ばししてくれたり、マッサージしてくれたりしてくれました。

僕は、このご両親のためにも絶対乗り切ってみせると心に固く誓いました。

補助バーを使って一歩足を踏み出せた時‥ご両親は我が事のように喜んでくれました。

やったな勇次!もう少しで歩けるようになるぞ!と言ってくれました。

これほど嬉しいことはありませんでした…。

僕のケガは、当初全治2年といわれました…がご両親の助けもあり‥1年半で‥ぎこちなかったですが歩けるようになりました…。

それからもリハビリは続き、暇さえあれば、ご両親は僕を車に乗せてリハビリセンターまで送り迎えをしてくださいました。

そんなある日‥親父さんが車の中で‥勇次、今度裕也の法要があるから出てくれるよな!…と言われました。

いいんですか?僕なんかが出ても…?

当たり前だろ!そのほうが裕也も喜ぶだろ!?

言葉にならない声で礼を言ったのを覚えています。

お前はホントに泣き虫だな‥と言われました。

勇次、お前は本当に努力しすぎるほど努力したよ‥一切弱音も吐かなかったし、そんなお前が悪い奴なわけないだろ!?違うか‥勇次?

僕は、溢れる涙を止める事ができませんでした…。

勇次、これからも精一杯努力しろよ!

と‥うつむいてる僕の頭を優しく撫でてくれました。

正直、自分の親父にも頭なんて撫でられた事がなかったから‥なんか無性に嬉しかった。

リハビリは10年近く経った今尚続いています。

今が幸せすぎて、僕は、努力を怠ったかもしれません。

気をつけなくては、裕也や彼の両親に顔向けできません…。

本当に気をつけなければいけませんね…。

あの一件以来、努力こそ我が人生ですから!

何事も、諦めず、食らいついて行くことこそが、僕の生きる道です!

ではまた!



さて!仕事しよっと!(笑)